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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 では、瑛佑の元へ戻りたいと言えばいいのだろうか?
 家は失った。大好きだった伯父はまた、Fで暁永と暮らし始める。全部透馬のいないところでまわる。透馬だけが過去にすがって身動きとれないまま、周囲は星の速さで透馬を置いてゆく。
 透馬がほしいものをいま口にして、瑛佑が戸惑うところだけは見たくなかった。
 まだ怖い。臆病だから。また失うかもしれない。欲しいと思うものは全部叶ってこなかった。
 だったら本当に手に入る前に失ってしまった方がいい。両手はからっぽの方がいい。
 黙り込んだ透馬の手を瑛佑はそっと下ろした。でもまだ離さないでくれている。
「――本当のことは、でも、透馬の口からちゃんとききたい。本心を」
 本心、という台詞にびくっと肩が引き攣った。瑛佑に伝えたいこと、伝えるのが怖いと思っていること。
「ちゃんと話してくれるの待ってるから」
「……」
「約束だ」
 そう言って強引に指切りをしてくる。泣いてしまいそうで、顔があげられない。
「おれは先に帰ってる」
 手が離れた。そうだこの人にも暮らしがあるのだ。わざわざFまで来てくれても、また帰らねばならない。
「待ってる」
 瑛佑は透馬の背後へと目線を動かした。業者からの引き継ぎを終えた新花に「ありがとうございました」と頭を下げる。透馬の脇をすれ違う時、思い出して慌てて腕を引いた。瑛佑が驚いた表情でこちらを見る。
「――鍵、返しそびれてたやつ、」
 ポケットの中を探る。瑛佑は一瞬だけ遠くの光を見るような表情をした。
「持ってろ、ばか」
 本気で叱る口調だった。行ってしまう瑛佑の後ろ姿を見て、そういえばマフラー、と思い出した。あのまま持ってゆくつもりなのか、忘れているのか、言い出せない。
 それからスケッチブックも多分、部屋に置き去りのままだ。
 綾からもらった大事なスケッチブックを、捨てようと思いつつ考えあぐねていた。お守りみたいなもので、あれがあるから透馬はいつまでたっても未練を引きずっているし、同時に守られているとも感じる。鍵、マフラー、スケッチブック。他にも瑛佑の部屋に残したものはたくさん、瑛佑から預かっているものもたくさん――それらを清算つけねばならないかと思うと、悲しかった。ちゃんと自分たちは恋人同士だったんだと知れて。
 Fに残ると言っているのはただの虚勢で、具体策もない。このまま柿内の家に居候か、部屋を借りるか。貯金はそれなりにあるからしばらくは大丈夫だが、仕事を見つけなければ暮らしてはゆけない。いずれにせよ、このまま一度も帰らないわけにはゆくまい。
 新花と瑛佑は先に車に乗って行ってしまった。再び暁永と綾が近付いてくる。二人とももう帰ると言う。
「透馬、どうするんだ」
 暁永が聞いた。今日はどこへ帰るんだ、という意味かと思ったが、暁永は笑っている。
「いい人そうだな。こんなところまで来てくれてさ……喧嘩、さっさと仲直りしろ」
 どうやら新花の説明でそういうことになっているようだった。確かに犬も食わないその類かもしれないのだけど、…いやもう別れるのであって。
 考え込んでいると、暁永は「まあ、帰ろうぜ」と肩を叩いた。手向けた花をいつの間にか回収している。置きっぱなしではごみになるからと、儀式の後は持ち帰るのがこの近辺ではならわしになっていた。
「柿内くん、だっけ。寒そうにしてる」
「――あっ、」
 言われてようやく存在を思い出した。ひょろりと背の高い柿内は、電信柱のごとく北風に打たれて震え、傍らで待っていてくれていた。
「さみいな」
 傍に寄ると、柿内は鼻をすすった。
「帰って早く風呂入ろうぜ」
「うん」
「めし、なにかな」
「おばさん、手伝ってやんなきゃ」
 じゃあこれで、と言って暁永たちと別れた。きっともう会わない、と心の中で呟く。


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mmさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます!
透馬くんへの応援、心強いです!本当にいまが頑張り時ですね。自分の臆病や過去とうまく折り合いつけて、はやく瑛佑くんと仲直りしてほしいと思います。
本日も更新ですのでぜひおつきあいを。
拍手・コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2014/02/15(Sat)12:42:39 編集
プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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