忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「――あ、」
 黒色の軽いスプリングコートの裾が風になびき、顔にも前髪がかかっていて半分ぐらい表情が窺えない。元より無口な人、透馬の発した声にも無言だった。真剣なまなざしでこちらを一心に見つめている。細い目は怒っているようにも見える。
 つい「新花ちゃん!」と瑛佑の背後の新花を呼ぶと、新花は当然であるかのように「なに」と答えた。
「業者からここを引き受けに来たのよ」
「知ってるけど、そうじゃなくてなんで」
「おれが頼んだから」
 きっぱりと瑛佑が言った。喋ると実はとてもよく声の通る人で、芯から響く。ずしん、と身体の中心に声が突き通り、思わず身震いした。
 本来の用事済ませてくる、と言って新花は業者のいる方へと歩いて行った。綾と暁永も新花と合流する。柿内はどこをほっつき歩いてんだろうな、と頭の隅っこでかろうじて考えた。瑛佑の登場で明らかに動揺している。
「透馬の話、嘘をちゃんと知りたかったから」
「……来ないでって言った……」
 待ってる、とも言ったじゃないか。
「それはごめん。でも透馬もおれにひどいことをしたんだからあいこだ」
 透馬の後ろ、新花たちのいる方角へ目をやり、その中の綾に目を留め、「線の細い、あの人?」と瑛佑が聞いた。心臓がつきんと痛む。新花と会っていたということは、今までの透馬を、
「真城さん、やっぱり透馬に似てるな。――話、全部聞いたよ。新花さんが知っている限りのことは、全部」
 目の前が暗く霞んだ。知られてしまった。長いこと伯父を好きでいた透馬のことを。なによりも大切な綾の存在を。
 隠していたことを知られて、半分は絶望した。これで本当に嫌われると思った。透馬から手を振り払っておいて、やっぱり心のどこかで瑛佑を信じていた心が、ぱきっと折れる。
 もう半分で安心していた。秘密をもう秘密として隠しておく必要がなくなった。全部知ってもまだ透馬に会いに来てくれた。いま瑛佑は、好きと嫌い、許す許せない、どちらだろう。
 透馬、と言って瑛佑の手が伸びる。それがとてつもなくやさしくて怖かった。手を取っていいのか払うべきなのか迷う。戸惑って動かない透馬に、瑛佑の手もまたコートのポケットに戻される。
 二人してどうしていいのか分からないでいる。風が強い。びゅうっとひときわ強く吹いた風の後に瑛佑がくしゃみをした。十一月のこの颪は地域特有の風で、山からつめたく吹き下ろして容赦ない。普段瑛佑が暮らしている街とは気候が全く違うはずで、瑛佑自身もコートを羽織ってはいるが薄くて寒そうだった。
 慌てて近寄って自分の首に巻いていたマフラーを首にかけてやる。鼻を擦って赤くしている瑛佑は、実はかたかたとちいさく震えていたことに、その時気付いた。
「あったかい」
 透馬の青い色をしたマフラーに、瑛佑は息をついた。「ありがとう」
 瑛佑に触れた時に肩に突いた手が、自分の元へ戻せない。透馬のその手を瑛佑は上から握った。瑛佑はいつもあたたかな身体をしているが、今日は冷えていた。でも透馬よりもずっとましな気がする。
「そういえばいつからこっちにいるんだ」
 と訊かれて、透馬はうつむいた。
「家を取り壊すって聞いてからすぐ……瑛佑さんと最後に会った、直後ぐらい」
「仕事は?」
「辞めてきました。いやになって、……どうせろくな仕事はしてなかったし、」
「いま、どこにいるんだ」
「友達のところです」
「……有崎さんと、した?」
「……」
「おれは、ないと思ってるんだ」
「はい。……ごめんなさい」
 未遂だった。瑛佑があまりにもまっすぐで怖くて、好きだと言われたことから逃げたくて有崎を誘って、出来なかった。ホテルにまで入ったのになんにも。そもそも有崎とは、瑛佑と付き合いを始めて以降まったく会っていなかった。
 嘘などとうに見通されている。それでも素直になれない。
「本当にもう戻らないつもりなのか」
「……」
「透馬」
 瑛佑はふうっと息をついた。胸に抱えた透馬の手に、頬をすり寄せるようにする。「いまなに考えてる?」
「……なに、って」
「家のこと? 真城さんのこと? 少しはおれのことも考えない? 少しも考えない?」
 言い方にはっと胸を突かれて顔をあげた。日頃感情を荒げない瑛佑のこんな口のきき方ははじめて聞いた。透馬の手は、瑛佑の心臓の上に導かれる。そこへ固定されて動かせない。
「なにか隠しているんだろうなと思ってはいたけど、黙っていられて淋しかったとか、嘘をつかれて悲しかったとか、いきなりの別れ話で戸惑ったとか。おれのことなんにも考えないでここまで来た? それでももう戻らないって言ってる?」
 言い口に苛立ちと戸惑いと淋しさが混ぜられて、普段の瑛佑からは想像できないようなせつない響きを生んでいる。いまさらながらこの人を傷つけたんだと理解した。はっきりと意識した途端に、いてもたってもいられない後悔が身体中をめぐる。
 傷つけられると怒ったような表情になるんだ、と瑛佑の顔を見て思った。こんな発見はしてはいけなかった。透馬がそうした。


← 90
→ 92





拍手[76回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501