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解体はあらかた終了していたようで、午前中いっぱいがたんがたんとひどい音を立てていた真城家からはいま、不要になった資材が運び出されている。山陰になってしまえば、風がびゅうびゅうと冷たい。手を温めたくてコートのポケットに手を突っ込むと、ちゃり、と鍵が触れた。存在を思い出して顔をしかめた。これは瑛佑の部屋の鍵だ。木製のオーナメントのついた銀色の鍵で、前に借りて以降返しそびれていた。また家のことから気が逸れる。指先で鍵やオーナメントをいじり、かたちと質感を確かめ、コートのポケットから手を出す。
花は門扉のあった場所に置くことにした。
「葬式みてえだな」柿内がこぼす。
「葬式だよ」
「家の?」
「家の」
「ふうん」
大げさだ、と笑わない柿内のことが好ましいと思う。昔からクールで周囲とは一歩引きながらも透馬の心に添ってくれるやつだった。花の代わりにカメラを手にした柿内は、立ち入り禁止の家を撮る。いやもう、家ではなくなっているものだ。ただの土地。これからは売地。
夕方、業者からの引き受けに新花が来ることは聞いていた。何時の約束なのかは知らなかった。まだ時間はあるだろうか、どうしようか、と考えていると、柿内に「誰か来た」と声をかけられた。
一台の車が近くの空き地に停まる。車を降りて現れたのは髭面の男と痩せた男の二人。柄沢暁永と真城綾だった。
まさかここで会うつもりではなかったが、当然と言えば当然のことだったのかもしれない。透馬に気付いた暁永が先に「よう」と手を挙げて挨拶をした。
「久しぶり」
「……暁永くん、いるって聞いちゃいたけど、なんでこっちにいんの?」
「それがさー、聞けよ透馬。せっかくあっちで暮らそうとしてたのに、結局基盤はFに移っちまってさあ」
四年で戻ってくるはめになるとは思わなかった、とからからと笑う。
「これからはFで暮らすことになるよ。――ま、綾にはきっといい、向こうじゃ水が合わなくてだいぶ苦労したから」
暁永より遅れて綾はゆっくりと歩いてくる。空気を読んだ柿内が「ちょっとその辺まわってくる」と言って離れてゆく。
「新花は? 来るんだろ?」
「まだ来てないみたい」
「あの花、透馬か」
「うん」
「おまえらしいよ。――やっぱり思考が似てるな」
暁永の傍までやって来た綾の手には、花束があった。こちらはブルースターの青一色だった。門扉に投げてある花束を見て、透馬の顔を見て、綾はうすく笑った。久しぶり、という意味合いが込められていることも表情からきちんと理解する。
「花、どこで買ったの」透馬から口をきいた。
「いやこれは、暁永の研究室からもらってきた花」
「ああ、なるほど」
「……元気にしてたか」
少し痩せた? と綾は心配した。いつもなら逆だ。病弱な綾の心配ばかりしていたのに、自分が心配される側にくるとは思いよらなかった。
綾はと言えば、一言で言えば「老けた」。年齢を数えればもう五十歳を過ぎているから、その感想はごく当たり前だった。うすく吹き飛んでいきそうな身体のあり方は変わらない。この人のことが好きだった、多分透馬のどこかではまだこの人と暮らす未来を夢見ている、ととうも昔に仕舞い込んだ自分の気持ちをひとつ蓋開けてみると、やっぱりやりきれなくて淋しかった。
「うまくいかないことだらけだよ」
そう言うと、綾は寂しげに口を一文字に引き結んだ。困らせたくて言ったつもりじゃなかったが、その表情を見ると余計なことを喋りたくなる。
「伯父さん、結局Fで暮らすんだ?」
「そういうことになったよ」
「暁永さんと一緒?」
「……ああ」
「仕事は?」
「いまはしてない。けど、こっちへ戻ってきたから、また教室をはじめるつもりでいる。暁永は働かなくていいって言うけどな。字は、好きだから」
「いまどこに住んでんの? 暁永さんの実家?」
「そう。暁永のところももう、誰も住んでないから」
男二人で暮らすにはちょうどいいのだと言う。田舎では噂も立ちそうだが、二人がいいならいいのだろう。それきり会話は途切れ、言葉を探すかのように二人で家を見た。歳月を潰された家。撤収しようとも出来ないでいる業者は暇そうに、煙草を吸っている。
「その花、置いてきなよ」
そう言うと綾は頷いて離れた。透馬と同じところに花を置いてから、しばらく家のあった場所を見続けていた。透馬よりも居住歴は長い。思うことが色々とあるのだと察する。
そこらをふらふらと歩いていた暁永が透馬の元へ戻って来た。
「ありがとうな」
意外な一声だった。なんで、と訊こうとしたが暁永は綾の方を見たままこちらを向かない。
「家、潰される日だけど、行ったらおまえが来てるんじゃないかと思ったよ。会えて良かった。だいぶ不健康そうに見えるが」
その台詞でようやく透馬を見た。
「すきなやつ、出来たんだって? 新花が絶賛してて笑っちまった。『透馬にはこの人! っていう感想しか出てこない』ってさ。おまえは幸せになんなきゃいけないんだ」
ばん、と透馬の背中を大きく叩いて暁永は綾の傍へと寄る。また二人でなにか話をし出す。いつもそうやって遠くへ行ってしまう。透馬の感じる寂しさなんかお構いなしに、二人で。
新花が余計なことを話していたことにも苛立っていた。なんだってよりにもよって暁永に話すんだ。それにもう瑛佑とは……と考えにふけっていて、だから本人が目の前に現れた時には、冗談でなく喉から悲鳴が出た。新花の運転する車で、なぜだか二人でやって来た。
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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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