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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 トーマと遊んでいたせいで、「日野洋食亭」に着いたら三時をまわっていた。さすがにランチタイムは終了だ。案の定店はクローズで、まあ同行者もいないし、駅に戻るかなと雑居ビルの二階にある店の前から踵を返し階段を下りると、階段の途中でばったりと日野夏人と出くわした。「あ、瑛佑くん」
 夏人は日野洋食亭のシェフを務めている男で、瑛佑よりも二歳ばかり年下だ。白いコックコート姿はすらりと長く、一本の夏草のようだ。コックコートの前ボタンは上ふたつ外れており、夏人自身も手にビニール袋を提げている。昼の営業を終えて、どこかにおつかいに行っていた、と推理してみる。聞いてみれば当たりで、夏人は「にんにくとからしが切れた」と言ってビニール袋を軽く振った。
「ランチ終わったけど、高坂は来てるよ」店の方角を指して夏人が言った。
「あ、休みなんだ、今日」
「まかないみたいなもんで良ければ出すから来なよ」
「助かる。メシ、まだだったんだ」
「高坂もランチの終わりころから来て、ずっと飲んでる」
 夏人に付いて階段を上り返し、クローズの店内に入る。店内は想像よりもずっと陽が入って明るかった。夜は照明を落とすので、明るいイメージがあまりない。高い位置にある飾り窓にはめ込んだステンドグラスの影が床に落ちて、水底に輝く宝石みたいにきらきらと床板を飾る。
 その窓際の、街並みが見下ろせる小さな二人掛けのテーブルに高坂が腰かけていた。テーブルにはワインのボトルと飲みかけのワイングラス、チーズとドライトマトが乗った皿が置かれ、高坂自身は食事を楽しみながら読書中である。厨房の中にいたオーナー兼ソムリエで日野のいとこの日野昇平の方が先に瑛佑に気付き、「おす、えいちゃん」と明るい声をかけてくれた。
 昇平の声に高坂もようやく顔を上げた。瑛佑を見て「ああ」と呟き、本にしおりを挟んで閉じてから「元気か、」とゆったりと微笑んだ。
「遅いよ。ランチ終わったぞ」
「連れがいたんですけど、途中で振られました」
「なに、デートする相手出来た?」
「いや、秀実の友達」
 高坂は「はは」と声を上げて笑った。休日の高坂は、普段と違って眼鏡をかけ、前髪をおろしている。付き合いが長くても、夜との表情のギャップに驚くときがある。
 高坂滋樹は瑛佑と同じホテルの飲食部門に勤めている。ホテル内に二か所あるバーのうち、地下フロアにあるバーでバーテンダーをしている。歳は瑛佑よりも七つ上で三十八歳。物静かで思慮深く、秀実とは正反対にいるような男だ。
 瑛佑がKホテルに入社して二年目、S県に配属が変わった。有名リゾート地に建つ、つまり山奥にあるホテルで、あの頃の瑛佑はベルボーイとして働いていた。高坂とはそこで知り合った。従業員寮の同室で、勤務年数が瑛佑よりも長い分いろんなことを教えてくれた。
 瑛佑が硬くなりすぎるからと言って、敬語を外して喋るように命じられたこともあった。
一日の終わりにはねぎらいの言葉をかけてくれたし、町に出て遊ぶ方法も教えてくれた。公私ともに世話になった人で、高坂には頭が上がらない。きちんとプロ意識を持って働く高坂を尊敬してさえいる。
 高坂は瑛佑よりも先に遠地勤務を終え、こちらへ戻った。数年して瑛佑も戻り再会すると、高坂には恋人が出来ていた。それが夏人だ。夏人もまたKホテルでの勤務経験があり、すぐに意気投合出来た。夏人がおいでと言ってくれたから日野洋食亭にも足を運ぶようになり、今ではすっかり常連だ。
 この二人を見ているから、男同士、というのは驚くべき事柄じゃない。
 トーマがエレベーターで男とキス、どころか妹の披露宴の最中に男と消えるのは常識で考えてえらく問題があるが、男としていたことは問題にはならない。むしろ高坂と夏人のような穏やかな関係は、見ていて好ましい。節度は守れよ、とトーマに対して心の中で微苦笑する。もしかすると今日の呼び出しは披露宴の男からか。今更そんなことを思ったが、まあいいかと、すぐに思考は逸れた。
 高坂の向かいに腰かけようとすると、「男二人で狭い席に座らんでもいくらでも空いてるから好きなとこ座んな」と昇平が声をかけてくれたので、そうした。カウンター席を選ぶとグラスワインが出てきた。高坂の皿と同じような内容のつまみまで出してくる。「一杯だけなら平気だろ」と昇平が笑った。その奥で夏人が黙々と作業をしており、接客の上手い昇平と職人気質の夏人とで、ああ上手くやってんだな、とワインをもらいながら思う。


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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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