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 他にもスタッフが数名いるはずだが、休憩時間だからか見当たらない。手持ち無沙汰に雑誌か新聞でも、と店内を見渡すと、高坂の座るテーブルすぐ脇の出窓に花が飾られているのに気付いた。白いまろやかな陶器の一輪挿しに、青い花が活けてある。見た目はガーベラかマーガレットのようにしっかりとした花弁を持つが、とにかく青い。病的なほどに青いことにびっくりして、思わず「その花」と花を指して言った。
 結婚式で来場者が胸に挿し、トーマが「花屋です」と言って差し出した花だ。あの花は結局、差し出したくせにトーマがどこかへやり、なかったことにされてしまった、といま気付いた。
 高坂が気付き、「ああ、これ」と青い花へ顔を向けた。
「瑛佑だって知ってるだろう。昨日、アオイ化学の令嬢が結婚式やって、そこで配ってた」
「なんでここにあるんですか」
「貰ったからだよ、職場で。余ったそうですよ、珍しいでしょう、って。うちには花好きのバーテンダーがいるからな。こういう情報は目ざとくキャッチして、わざわざウェディング部門に出かけてくんだ」
 高坂の部下には女性のバーテンダーも所属していて、彼女のことだと察知出来た。もっとちゃんと近くで見たくなり、高坂の席へ出かけてゆく。出窓に出していた花を高坂は花器ごとテーブルの上に載せてくれた。
「天然で青い花ってわけじゃなくて、花を染めてこういう色にしているんだと」高坂が言う。「で、この青が珍しいってんで『アオイ・ブルー』って呼ばれているらしい」
「アオイ・ブルー。耳にしたことあります」
「一時期メディアでよく取り上げられていたからな。ほら、角度変えて見るとさ、金色に見えないか」
 円を書くように花器をテーブルの上で高坂が動かす。光の当たり具合で、確かに青かった花が金色に輝いて見える瞬間があった。
「うわ、すごいですね」思わず声が漏れた。「青い花が金色」
「花の表面の突起に微妙な色の差をつけることでそう見せているらしいよ。この技術が難しいとかで、アオイ化学は一躍有名になった」
「青い花のニュースは聞きましたけど、そういうことだったんですか」
 さすがよく知っていますね、と高坂に言うと、高坂は「昨夜バーの客がそういう話をしていた」と答えた。バーテンダーという職業柄、高坂はこの手の知識が豊富で、ニュースにも敏感だ。
 瑛佑が言葉を続けずにいると、ごく自然に意識は手元の本へと戻される。同時に夏人がパスタの乗った皿を運んできた。結局、高坂の向かいに食事が用意される。
「シェフの気まぐれパスタ」と夏人は言った。「要するに、在庫整理パスタ」
 そんな言い方をするが、もちろん味は特級だ。幾種類かのきのこがたくさん入っていた。いい時期だ。
 夏人も椅子をがたがたと動かして、二人の席の近くに腰かけた。椅子の背を前面に、座面を跨いで座る少し幼い座り方だ。瑛佑の顔をじっと見ている。おそらくは、味の具合を窺っている。夏人も無口だが瑛佑も無口なので、二人揃うとアイコンタクトばかりになる。
 本に目を落としていたと思っていた高坂が「ぶ、」と吹き出した。
「喋れよ、おまえら。味はどうだとか、美味いよとか、」
「味どう?」高坂の言葉をそっくり引用して夏人が訊ねた。
「美味い」瑛佑の返答もまた、高坂の引用だ。そしてちょっとだけ応用する。「ベーコンの塩気ときのこの歯ごたえとバターのまろやかなのが、絶妙」
「だって、滋樹」
「良かったな」
「まだ飲む?」高坂と瑛佑、両方の顔を順に見ながら夏人が訊く。
「おれは自分でやってるから構わなくていい」高坂は近くにあるワインボトルを指して言う。
「おれは水もらっていいかな。まわってきた」瑛佑の言葉に、夏人は「了解」と答えて一旦下がった。
「――アオイ化学って、同族経営なんですか?」
 トーマのことを思い出して、高坂に聞いてみた。跡継ぎは妹に任せる、という話をしていた。妹がどのポストへ就いているのかは知らないが、兄がいてなお女性に任せると言うのだから、よっぽどの才覚がトーマ妹にあるか、血族以外を認めないか。
 高坂はワインを一口含んでから、「いまの社長はワンマンだって話だぞ」と言った。
「創業者は現社長の父親だろ。息子が後継いで、会社の規模も相当にでかくなった。やり手だが、噂も絶えない。女とか金とか、な」
 そういえば姉とは母親が違う、と言っていたか。
「昨日の披露宴、現社長の娘さんな。ありゃほとんど政略結婚だよな。相手はどこかの私立大学の学長の三男坊だって。共同で研究施設持ってるところだろ。婿取りしてそいつに経営させるか、技術開発でもして事業拡大しようって腹積もりなのかね」
「息子さんがいるって話を聞きましたが」
「ああ、いるらしいけど、あまり聞かないな。なに、再就職でもする気?」
「―いや、単に興味本位です」
 ここまで情報が入ったらもう充分だと思い、それ以上は突っ込まなかった。謎は残るが、トーマ個人の話を第三者から聞けても、本当のところは分からない。
 それに今のところは、それ以上の興味も沸かなかった。
 いつの間にか夏人が傍らにいて、グラスの水が差しだされていた。自分の分もソーダ水を持ち、近くに座る。昇平が顔を出して「おれちょっと三十分ぐらい出てくるわ」と言って店を出て行ったのを、見送った。
 こんな風に三人集まっても、無口が二人と読書好きが一人では会話はふつりふつりと切れる。下手すると無言のまま平気で十五分二十分と過ぎる。
 秀実やトーマといる時と全く異なる三人組。だが瑛佑はどちらも好きだ。それぞれにいい空気がある。自分はほぼ無個性なのでどちらにでも流れられるのだ、と思う。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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