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しばらくこっちにいるんだ、と暁永は言った。実家には顔を出した程度で、後はずっと真城の家に居座った。元々、人の心や距離の隙間にすっと入りこめる性分だ。生活に違和感なく溶け込まれ、ずっとこうやって三人で暮らしていたんじゃないかと錯覚する。わけがわからなくなる。
帰宅すると綾が起きている時間が増えた。なにをやっているかと思えば、居間で暁永と退屈げにテレビを見ていたりする。深夜に放映されるバラエティのくだらなさを嫌がっていた人だというのに、暁永につきあっている。暁永も流して見る程度だったが、時折綾に話題を振り、一言二言喋って、綾の返しに笑っていた。
綾はすました顔で茶をすすり、テレビではなく文芸誌をめくる。たわむれに暁永は綾の髪を引っ張り、「白髪」と言ってまた笑う。誰が見ても分かる、二人の仲は実に親密だった。
こういう時、ひどい疎外感を思う。二人が二人でいる機会は何度か見ていて、透馬には分からぬ次元のやり取りで笑い合うのだ。その日はそこへ入り込む気が失せて、離れへ向かった。今までここは綾の領域だからとあまり足を踏み入れないようにしてきたが、今日ばかりは二人の声の届かぬ場所に行きたかった。
やはり綾は行くのだろうか。あの親密さを拒否するなんてあり得ない、と思う。やりきれなくなる。
綾の仕事場はきちんと整理されている方だが、それでも手本や書物の数が膨大でどうしても片付かなくなる。この雑然さが、透馬には安心だった。綾の作業机に近寄り、椅子に腰を下ろす。広い天板、多種多様な筆、インク。それらに触らぬように注意を払いながら抽斗をあける。そういえばここになにが入っているのかなと、思い立ったからだ、
やはり書き写した文字だったり、古い小銭だったり、文具だったりがごちゃごちゃと入っている。そのうちその中に平たい缶を見つけた。有名菓子メーカーの絵柄がプリントされているそれはずいぶんと古い。中をあけると、大量の手紙が出てきた。
すべてのあて名は綾で、差出人は暁永。国内外のあちこちから綾に充てて手紙を出していたようだった。そのことを、全く知らなかった。朝と夕方、郵便受けを覗くのは綾の役割で、それに意味があったと考えたことがなかった。
開封済みのそれらをひらいてみる。暁永の字ははらいが横に広がる癖字で、慣れるまで読むのに苦労した。
『今日はN県の施設で栽培実験。この間わけてもらった種が発芽しない。やはり標高の低い場所ではだめなのかな。来週はイギリスに行く。支度が間に合わない。英単語耳からこぼれそうだよ』
『メコノプシス・ベトニキフォリア。咲いたよ。今度持って行くから絵を描いてくれ』
『こっち来てから本当にうまいめしって出会わない。日本食が恋しいから、コリアンマーケットで調達してきてなんとか工夫してる。脂ばっかりだから次あった時は太ってるのかも。綾、ちゃんと食ってるか?』
『ああ、Fに帰りてえな』
『ようやく戻れると思ったら今度はK県。あっちは酒が美味いよな。今度送る』
『この間学会で発表された新種の花。あれ、おれも見たことあったんだ。悔しかったな、先に気付いていれば夢かなったのにな。無性に綾の絵が見たい』
『綾 ←書いてみただけ。おまえみたいな綺麗な字は書けないな』
『綾、元気か?』
あちらこちらに散らばる「綾」の文字。そのやわらかな呼びかけに、泣きたい気持ちになった。暁永の想いは綾にあったのだとはっきり伝わる、純然たるラブレターだと思った。いままで一方通行だと思っていた二人の恋が、重なる。暁永もまた故郷を愛しているし、綾を愛している。
この家に綾と暮らしたかったのは暁永の方だったのかもしれない。
「――なんでこんな大事なこと、言わないんだ」
気付けば口に出していた。ただ二人の恋のやり方が、せつない。暁永の想いの深さと綾のそれとがようやく噛みあうのならば、自分はいてはならないと思う。猛烈に淋しい。中学生の頃、ここへ来て淋しかった、あの時の感情によく似ている。
かたん、と音がして振り向くと、綾が戸口に立っていた。透馬が手にしている手紙を見て、驚いた顔をしている。「それ」と綾が言うのと「伯父さん」と透馬が声をかけるのとが同時だった。しばらく沈黙が出来る。
「おれ、実家に戻るよ」
もうここでは暮らせない。綾がいないのならば、透馬ひとりで暮らしても意味がない。
「だから暁永さんと一緒に行きなよ」
「透馬」
「家は……残らないかもしれないけど。でも、ずっと暁永さんが好きで、暁永さんもようやく応えてって、それってすごいことだろ」
透馬の手の中で手紙がふるえている。「綾」と「F」の癖字。
「行きなよ。おれは、戻るから」
綾の顔が見れなくて、たまらず、透馬は目を閉じた。
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konさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
つらいところに差し掛かっています。(書いていて一番しんどいところでした。)綾さんもまた弱い人で、もしかすると透馬くんと似ているのかもしれません。konさんの仰る通りで、はじめから一人でいることを選択していればこんな風には傷つかなかったのでしょう。
透馬くんにとってこの失恋は、ただひたすらに痛くてつらいことです。ようやく現在の透馬くんの言動と重なってきたでしょうか?
第2部は本日更新までです。どうぞおつきあいを!
拍手・コメントありがとうございました!
つらいところに差し掛かっています。(書いていて一番しんどいところでした。)綾さんもまた弱い人で、もしかすると透馬くんと似ているのかもしれません。konさんの仰る通りで、はじめから一人でいることを選択していればこんな風には傷つかなかったのでしょう。
透馬くんにとってこの失恋は、ただひたすらに痛くてつらいことです。ようやく現在の透馬くんの言動と重なってきたでしょうか?
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短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
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甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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