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綾との日々を噛みしめるように暮らした。大学に通っていても、バイトに精を出していても、帰宅すれば綾がいる。離れた期間があったからなのか、障害があると分かっているからなのか、なおさらに大切だった。
綾からは変わらず字を教わっている。絵も、一緒に描く。時間がすれ違っても食事は二人分用意するし、寝る前に綾の部屋を覗く習慣も変わらない。たまに、キスをする。思い切り抱きしめて眠るとき、綾の髪が鼻先にあたってくすぐったいのが安心だと思う。
変化のない毎日の大事でちいさな幸福を積み重ねて生きてゆく。無駄だと思える時間は一秒もなかった。日々が隙間なく綾で埋められ、自身も綾で染まる。いま細胞のひとつひとつまで綾と同じもので出来ているんだと思うととてつもなく嬉しかった。
春が終わり夏が来て秋を過ごし冬を迎える。繰り返して四度目を超えようとする冬のはじめ、帰宅すると暁永がいた。こたつにあたりながらみかんなんか食べていた。
「――おす、久々」
驚きすぎて声が出なかった。とっさに綾の存在を探す。きょろきょろと視線をめぐらす透馬に、「綾ならいま仕事中」と言って離れの方角を指した。そうだ、いまは教室の時間だ。
一向に姿を見せなかった男が急になんの用だと言うのか。懐かしく思う気持ちより心は理不尽の方向へ傾き、不機嫌な態度で「急になんだよ」と聞いた。
久々すぎて口のきき方がどうだったかも忘れていた。暁永は以前と変わらぬ余裕の笑みで「でかくなったなあ」とのんきにこぼす。
「新花から聞いちゃいたけど、しみじみしちゃうな」
「暁永さんはおっさんになったね。なにその、口髭」
「教授らしくしてみようかと思ってさ」
元が端正で男らしい顔つきをしていたから、さらに迫力や凄みが増している。正直、ひるみそうだった。「教授」という肩書を聞いておや、と思う。聞くと暁永は「昇進したんだ」と言った。
「というかおまえF大のくせに」
「学部違うと関わりないでしょ。キャンパス無駄に広いし、理学部棟なんて行かねー」
そりゃそうか、と暁永は笑った。笑ったおかげではじめに感じた怒りや納得いかない思いをほだされてしまった。一通り笑ってから、いや違う、と気付く。なにをしに来たのか、だ。
「伯父さん、風邪で倒れたりなんかしてないから。―っつか大事な時に来なかったでしょ、あんた」
「そうだよな。悪かった、と思ってるよ。新花なんか代打にさせて。研究に夢中でさ。あとは、色々知らなかった」
ひどく真面目な顔で暁永は言った。真顔はとても優しい顔をしている人なのだと、こうして見るとよく分かる。綾が長いこと惚れている男。
「この家、青井のもんになってたとかさ」
「いまさら」本当にいまさらだった。なにを言おうというのか。
「いまさらだな。――さっき綾に話をしてきたところだ。ようやく拠点がイギリスに定まりそうだ。研究室はF大に残るけど、新花によく面倒見てもらってるから、あちこちせずに落ち着きそうなんだ」
唐突な話を、だが透馬は「だからなんだ」と思った。いまさら暁永がここに帰って来なくたって、ずっと向こうにいようがどこにいようが、関係のない話だ。透馬は大学卒業後もこちらに残り、綾と暮らしてゆくつもりだ。一生それでいいと思っている。そこに暁永はもう、入り込めない。
だから暁永が「綾、つれてゆくからな」と言った時は、耳を疑った。
「――え?」
「いままでは綾がこの家にこだわってると思ったから、ここに置いといた。おまえ、っていう危険因子の存在を知っておきながらも置いといたんだけど、さすがにもう、な。家は綾のもんじゃないし、いつ青井が好きにしてもおかしくないだろ。ちょうどいいと思う。おれももう、あんまりフィールドワークばっかり言ってられなくなった。綾の傍にいてやれる」
「ちょっと、おい、どういうことだよ」
「そういうことだよ」
「いきなり来て『綾つれていきます』『はいそうです』になるわけないだろ? なんで…いままでほったらかしだったじゃないかよ。伯父さんなんども好きだって言って、そのたびになかったことに、って」
「応えられなかったんだよ」
「なんで」
「綾の親父さんに釘さされてた」
「……」まったく知らなかった。祖父が二人の恋に介入していたなど。
「死んだときは正直ラッキーだと思ったんだよ。そのまま連れて行こうと思ったけど、おまえがいるからって迷った、綾は。元から内向的なやつで、身体も弱いし、この土地は静かな分綾に合ってる。無理に連れて行ってもなって思ってずっとここまで来たけど、もうやめにするわ」
「勝手すぎる」
「分かってる。それにまだ、綾から返答はもらってない。今日は話をしに来ただけ。おれと一緒にイギリスに来るか、ここでおまえと暮らすか」
ぽいとみかんの皮をくずかごに放り投げ、暁永は立ち上がる。勝手に台所をつかい、食事を用意してくれていた。だがそんな暁永のことなど構わず透馬は部屋を出てゆく。離れで作業をしているはずの綾の元へまっすぐに向かった。
いま聞いた話をどう受け止めているんだろう。離れへ飛び込むと教室代わりの室内には誰もおらず、奥の作業台に文字と紙に埋もれるようにして綾がいるだけだった。生徒の指導は終え、作品を添削している。
透馬を見るとぎょっとした顔つきをした。その表情で綾もまた迷っていることが窺えた。
「イギリス、行くの?」
思ったよりも低い声が出た。
「行かないよね?」
「……」
「ここにいるよね?」
綾は肯定も否定もしなかった。蛍光灯の明かりで白く明るい室内、透馬は一歩二歩と綾に近寄る。手を伸ばせば、綾は腕の中に収まってくれるはずだった。だが今夜ばかりは透馬になびかない。うつむき、ちいさく息を吐いた。
「――都合がいいな、ぼくは」
言葉が心臓を乱暴に鷲掴む。「いやだ」と言うと、綾は首を横に振った。「まだ迷っている」
「透馬と暮らすことを選んでおいて、いざ暁永が迎えに来たら――ごめん、嬉しかった」
片手で顔を覆い、肩をふるわす。乱暴に綾に近寄り、その肩を掴んだ。
「いやだよ。おれは――就職だって決まったし、春からもここで伯父さんと暮らすつもりで、」
「まだ決めたわけじゃない。けど、…透馬には申し訳ないと思ってる。だめなんだ、暁永が迎えに来てくれたことが嬉しくて、」
変わらず顔を手で覆い隠している。それを無理に引き剥がすと、綾は悲痛な顔をしていた。
「家なんかどうでもいいって暁永の前だと思う。一も二も三も暁永で、いてもたってもいられない思いがまだある。――ずっと、ずっと暁永が好きだ」
普段は表情を崩さぬ人が、顔をくしゃくしゃに歪めて苦しんでいた。喜びと、申し訳なさと、迷いとで。その心情が痛いほど伝わって来て、透馬も苦しかった。どうして、どうして、どうして、と。
綾の身体を突き放し、離れを出た。
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プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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