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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 青井を説き伏せるつもりなど毛頭なかった。どうせなにを言っても反対されると分かり切っていたから、誰にも相談せずに行動した。大学に退学届を提出し、バイトも辞め、最低限の荷物だけ提げて綾の元へ押しかけた。
 押しかけられた当初、綾は困惑していた。この家の権利は青井にある。いつ追い出されても不思議はなく、二人して路頭に迷うことだけは避けたいと考えているらしかった。
「ま、でもさ。そしたら安いアパートでもなんでも見つけて暮らせばいいじゃん。一人よりふたりの方が絶対にいいよ」
 居酒屋のアルバイトまで早々に見つけ終わってから言われるのでは、説得力が違うらしかった。綾は笑った。「そうだな、なんとかなるか」と。
 青井は直接来ずに、誓子がFまでやって来たのは一月も終わりの最も冷え込む時期だった。そうかいつの間にか年が明けていたんだな、とその時ようやく思った。年が明けているどころか、自分が誕生日を迎えていたことすら忘れていた。いつの間にか、十九歳。
「父さん、あんまり怒っていないんじゃない?」
 やって来た誓子を迎え撃つような思いで、先手を取って言ってやった。誓子は重たい息を長く吐く。
「のんきなこと言わないで」
「だってあいつの関心ごとは、彩湖だろ。彩湖のことならなんでも優先するし、かわいがってる。将来は彩湖に会社をって考え始めてるよな、いま」
 家にいる時から思っていたことを口にすると、誓子は黙った。また長く息を吐き、「行動の速さとそつなさをむしろ褒めていた」と言う。
「でも怒ってる。なんなら家を今すぐ取り壊して放り出してもいいんだ、とも言っていた」
「それぐらいは見越してる。いいんだ、どこだって暮らせれば」
「……透馬、そんなに綾と一緒にいたい?」
「決めたんだ、もう」
「綾が、好き?」
「好きだよ。だから側にいたいって思うことは、まちがってる?」
 純粋な動機だ。伯父に恋心を抱くこと自体がまちがっている、と言われればそこにも肯くしかないが、透馬の中でいま感情はとてもシンプルでストレートだった。綾が好き、だから側にいたい。一緒に暮らしたい。なにを置いても優先したい、かけがえのない想い。
「……将来を、どう考えてる?」
 誓子は聞いた。疲労を隠そうとして化粧がいつもより分厚くなっているのが気の毒だった。
「バイトを決めたと聞いているけど、ずっとそうやって生きてゆくつもり?」
「様子見かな。今年はもう無理だけど、来年、受験しようと思ってる」
「F大?」
「そう、F大工学部。こうなったらもう欲しいもんは全部手に入れてやろうと思ってさ」
「学費や生活費はどうするつもりなの? 国立大とは言っても決して安いものではないわ。今回の件でもうあなたには一切の援助をしないでしょう、青井は」
「それは色々と方法があると思う。というかもう、いいよ。父さんの保護下にいるからこんなめにあうんだろ。だったら全部自力でやる」
 元々、真城の家でそんなに裕福な暮らしをしていた覚えがない。青井の家にいたぬるい時期を思えば雲泥の差だろうが、あの日々よりも苦労してまで欲しいものを手に入れることの方がはるかに素晴らしいと思った。
「とりあえず一年は、受験生とアルバイト」
「綾はなんて言ってるの」
「応援する、って」
 誓子は黙り、目を閉じた。そんな風に疲れさせてごめん、と言うと、それでも母は笑ってくれた。
「やりたいこと見つけたんだもんね。応援、しなければね」
 以前のように宿泊はせず、すぐに帰って行った。そして後日、透馬の持っている銀行口座にまとまった額の入金と、手紙が届いた。ひとまず青井に、あの家に透馬と綾とが暮らすことを認めさせたこと、ずっと大切にしていた絵をいくつか売って出来たお金を入金したことが書かれていた。
『身体を壊さないようにやってください。あなたの人生を生きるのはあなただから、やれるだけの応援はしてゆきます。母』
 手紙を読んで、ぎゅっと胸の上を押さえた。不安がまったくないわけではなかったが、いまはやりきってやろうという気持ちの方が強かった。
 アルバイトをしながら自力で勉強をした。高校三年の夏に綾に失恋をして以降、まともに勉強をしてこなかったから、勘を取り戻すのにとても苦労した。懸命になってテキストを追い、母校に出向いて元・担任に教えを乞い、美術教師からもデッサンの指導をつけてもらえた。新花も勉強を見てくれたのが何よりも助けになった。
夕方から深夜は駅前の居酒屋で働く。そんな生活なのに、傍らに綾がいるだけで充実し、張り切れた。くたびれて帰って来ると綾はもう就寝していたりするのだが、眠っている顔を眺められること。そして朝起きて「おはよう」が言えること。それはもう、喜びでしかなかった。
 一年後、念願のF大に合格した時は綾もこれ以上なく喜んでくれた。お祝いにと地元の酒造の中でも少しいい日本酒を選び、それに合うようなシンプルな和食の膳をつくり、乾杯をした。綾の大事にしている鉢植えの梅のつぼみがちょうど頃合いに花開き、家じゅうによい香りが漂う夜だった。日本酒特有の辛みと強烈のアルコールの良さがまだ分からないのだが、綾と共に過ごせる夜は充実していた。
 春からの生活のことをぽつぽつと話し合いながら、箸を進める。雪見障子をあけておいたから、徐々に春に近付きつつある庭を眺められた。
「大学生か」感慨深げに綾が言った。
「というかもう、二十歳だもんな」
「二年も浪人した計算だから、二十歳で大学一年生」
「いや、すごいことだと思う。―本当に、すごいよ」
 そう言って盃を舐める。こくりと上下する喉にずきりとした。また一年共に暮らして、綾とは今まで通りの生活を続けている。触りたいと思うことはあっても、触れたことはなかった。
 綾の気持ちはいまどこにあるのだろう、と綾を眺めながら考える。
 暁永はあれから一度も姿を見せない。現れない男のことをまだ想ったりやりきれなくなったりしているんだろうか。透馬が抱く綾への気持ちは変わらない。ずっと好きだと言い続けている。
 「あんまり見るな」と綾が居心地悪そうに身じろいだ。それをきっかけに盃を置いて、綾へと身を乗り出した。
「伯父さん、好きだよ」
「……」
「キスしていい?」
 酔っぱらって気が大きくなっている、と発言を耳で聞いて理解した。だが衝動は止まらない。綾は透馬から逃れるようにそっぽを向く。それでもしつこく顔を寄せると、合図であるかのように目を閉じた。
 まぶたへくちびるを寄せ、一度離れる。綾が薄目をあける。くちびる同士でそっとキスをすると、背筋がびいんと唸った。
 ふわふわと頼りないキスをして、透馬は畳に寝転んだ。これ以上をどうしていいのか分からない。強引に自分のものにしていいのか、綾の拒絶が怖いのか。
 だがこうやって暮らしてゆくんだと思った。


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ねこさま(拍手コメント)
お返事遅くなりました。
いつもありがとうございます。
「今日も」と仰って頂けてとても嬉しいです。萌えは提供できそうにありませんが(笑)お気に召して頂けていると分かってほっとしています。
花と群青の第2部は今週末までです。どうかおつきあいを!
コメント、拍手、ありがとうございましたw
粟津原栗子 2014/02/07(Fri)18:53:45 編集
美冬さま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
守るべきものが見つかった透馬くんは本当に強い子なのですが、それを見失うと、とても弱くなります。時間軸からすれば現在の透馬くんとは10年近く違う頃ですから、まだ見ている世界も可能性に満ちていたんでしょう。そう考えると、この強さもまたせつないものですね。
なぜ現在のようになってしまったのかは、本日の更新から明かしてゆきます。第2部あと少しです。どうぞおつきあいを。

そして頂いたメッセージを見て「!!!」となっています。うわー知らなかった!知らなかった!うれしい!!!
長くなっても全く構いませんので、ぜひメールをください。お待ちしていますよw我慢なさらないでください!!!
興奮して食い気味です。お見苦しく、失礼いたしました(笑)
拍手、コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2014/02/07(Fri)19:00:29 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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