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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 間もなくして新花はいなくなった。透馬は器を下げ、綾になにかがあった時にすぐ対応できるようにと自室ではなく綾の部屋の隣、居間に布団を敷いた。生活のどこにも乱れた跡はないのだが、前よりいっそう淋しさを感じさせるのは、部屋にものがないからだった。透馬のものがない、という意味ではない。透馬がいた頃にはまだいくつか残っていた祖父のものや母親・誓子のものも、少しずつ整理されているようだった。
 それに、綾自身の生活の気配がひどく乏しい。
 綾の部屋を再び覗く。横にはなっていたが、綾は眠っていなかったと分かった。透馬のあけた襖の音に反応して、寝返りを打ったからだ。
「――伯父さん」部屋に足を踏み入れる。「少し、いい」
 部屋の真ん中あたりまで進んで、綾の横たわるベッドの傍へ寄る。綾は枕元のスタンドをつけてくれた。暖色の明かりが灯され、部屋の明暗がはっきりと浮かび上がる。
「……身体、どう?」
「多少だるいぐらいだ。大丈夫だよ」
「だからそのだるいってのが問題なんだ」
「まあもう、歳だしな」
 もう、と言うがまだそんな歳でもない。起き上がろうとする綾を制し、透馬も床に腰を下ろした。畳の面がつめたく感じる。
「さっき冷蔵庫見たらなんにもなかった。…ちゃんと食ってよ」
「すまない」
「明日買い出しに行ってくるから、車借りるよ」
「運転できるのか」
「免許取った」
「……そうか」
 眩しそうに綾は目を細めた。「どんどん逞しくなるな」の台詞に、透馬は首を傾げる。
「いかにも都会育ちの、頼りない子どもだったのにな」
「そんな風に見えてた? おれのこと」綾から透馬自身のことを聞かされるのは、人前では多少あってもいままでなかった。
「風吹いたら飛ばされそうだと思ってたよ」
「ひどい」
「はは」
 ふと見せた笑顔は、しかし頼りない。すぐに笑うのをやめ、「本当にすまない」と謝った。
「大事にしてよ、身体」
「粗末にすれば暁永が来ると思った」
 冗談とも本音とも判断つかない台詞をぽんと口にされて、戸惑った。北風が強く吹いて、障子の向こうの窓ガラスがかたかたと鳴る。「でももう来ないんだ」と続けられ、身体の表面という表面に鳥肌が立った。
「暁永、春からイギリスなんだ、ずっと。向こうの大学に呼ばれて。元々あっちに拠点を持ちたいってやってたから」
「……知らなかった」
 そうだとしたら、春から本当に一人だったことになる。なぜもっと早く言わなかったのかと訊くと、綾はつめたく笑った。
「一人でも大丈夫だと言い聞かせたかった。この歳になっても一人が怖いだなんて、情けなくて、言えない。特に透馬には」
「おれが非力だから?」
「ちがう、すがってしまいそうになるからだ」
 そう言って綾は目を閉じた。硬く瞑った目から涙がすうっと耳の方へ流れる。それをなかったことにするかのように片腕で目元を覆う。
「暁永はもう来ない。今回、救急車の中で意識が戻って来て、ああこうまですれば暁永は来るかなと期待した。……結果、やって来たのは新花さんだ。われながら本当にばかだと、つくづく思ったよ」
「……」
「本当に困ったときにはいつでも来るから、と言っていたじゃないかと…はるか昔の記憶にすがってあてつける自分が嫌だ。それでもどこかで期待するのが。もう…来ない。疲れたんだ」
「伯父さん、」
 祈るように背を丸め、綾の手を取った。やはりどうしてもつめたく、二人では温まらない。それでもひとりぼっちでいるよりはるかにましだと思えた。
「疲れた」
「おれ、いるから」
 手をぎゅっと握り、口元に当てて吐息を吹きかける。何度も何度も両手でさする。どうか早くこの人が温まりますようにと願わずにはいられない。こんな身体で、こんな心で、こんな場所で。暁永だけを心のよりどころにしてきた人生のはかなさ。「疲れた」と言わせている男のことを思うとやりきれず、綾をひとりぼっちにしてはいけないと強く思う。
「明日も明後日も、ずっといる」
 もう絶対にこの人の傍を離れたくない。絶対に一人にしたくない。手をさすっていると摩擦で綾の体温があがった気がして、それがまた新たな感情の呼び水となった。
「おれがいるから」
 もうなんでもいいと思った。家がなくても、父親がどんなでも、綾が誰を想っていても、暁永が永遠にここへ来なくても。
 綾の傍にいて、綾と暮らしたい。透馬の気持ちはただ純粋にそれだけだった。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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