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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「もしかして、青井透馬くん?」
 三十代のはじめぐらいだろうか、透馬が普段目にしている女性たちよりも少し歳が上であるように見える。どうして名前を知っているのか分からない。もしかして綾に恋人でもいたか? と怪しみつつ頷くと、オリーブグリーンの女は「ようやく会えたね」とにこりと笑った。
「誓子さんによく似てる」
「――母さんの知り合い、ですか?」
「敬語なんてつかわなくていいよ。わたしたち姉弟だから」
 言われてようやく正体が分かった。青井が誓子と結婚する前に結婚していた女性との間に一人子どもがいる。女だから跡継ぎにはならなかった、と聞いていた。確か、
「市瀬新花」
「フルネームで覚えててくれてうれしいわ」
 新花は折りたたみの椅子を透馬に勧めてくれた。
 つい座りかけたが、座る前に綾の容体を訪ねた。疲労がたまっていたのだろうということ、点滴を受けていたが現在はもう終わっており、終わっても綾が起きず眠っているのでひとまず透馬を待っていた、と新花は話した。青井の家から誰かが来ることは事前に聞いていたという。
「……つかなんで新花さん? が?」
 誓子と新花の関係は繋がらない。当然、綾ともだ。だが尋ねてからずっと前に暁永が言っていた言葉を思い出して、腑に落ちた。暁永の勤める研究室に在籍している、と言っていた。あれは何年前だっただろう。
 新花は微笑みながら「柄沢の手下だから」と答えた。
「暁永さんのとこにいるってこと?」
「そうね。柄沢はいまイギリスに出向中だけど、F大の研究室を預かってるの、助手として」
 F大。透馬が行きたくて行けなかった大学だ。新花はそこに進学し、職まで得ている。「長男だから」という理由で進路を制限されない。悔しかった。
 暁永への怒りも沸いた。こんな時まで現れず、肝心の綾を助手に押し付けて自分は研究かよ。イギリスからではすぐに帰って来られないことは分かっていて、腹立たしかった。のこのこと顔を見せることがあれば殴ってやりたい。
 やはり綾をひとりにしておくことが間違いだったのだ。
 自分が綾の傍にいてやらなければ。
 話し声に綾が目を覚ました。ここがどこだか分からない、という顔で天井をぼんやりと見上げ、覗き込む新花の顔を見て納得した顔で頷き、透馬の顔を見てぎょっとしていた。だがその表情は、すぐに安堵へと変わる。以前よりずいぶんと痩せた。なんていう暮らししてたんだよ――言葉を飲みこんで、透馬は綾の手を握る。二人とも冷えていて、どちらの体温でも温まらなかった。
「……迷惑かけた」
「帰ってから聞くよ」
 深夜だったので受付は締まっており、会計は後日と言われて病院を後にした。新花の運転する車で真城の家まで戻る。乾いてつめたい雪が舞っていた。
 久々の真城の家は、以前にも増して淋しかった。季節のせいかもしれないが、クリスマス間際の賑わしさなど無縁の庭、家の中も広く寒々しかった。家の鍵を受け取り、新花が電気やストーブをつけてまわっている間に綾を部屋へ運んだ。電気毛布すら使っていない様子だったので、押し入れから慌てて引っ張り出し、敷いて電気を入れる。
 支えている綾の背中は、肩甲骨や背骨の出っ張りが分厚い上着の上からでも分かるほどに痩せきっていた。軽く薄い身体は透馬の腕でも簡単に持ちあがる。ひとりで歩けるよと綾は笑ったが、ついたまらなくなり、布団に入れてしまう前に思い切り抱きしめた。肩口にすがるように顔を埋め、大きく息を吸い込んで、吐く。冬のにおいがした。
「――やっぱりひとりになんかするんじゃなかった」
「……透馬、新花さんが来るから」
「こんな身体になるまで、なにやってんだよ、まったく」
 文句も言わせないように腕をきつくまわしていると、綾は「すまない」と謝って黙った。しばらく透馬のされるままになっていてくれたが、廊下の向こうからした足音に反応して身体を離した。離れがたく恨みがましい目で見ていると、綾は困った顔をして再び「すまない」と繰り返す。
 すらっと襖があいて、新花が顔を覗かせた。「お茶しか分からなかった」と言いながら小盆にカップを三つ載せて部屋の中へ入ってくる。揃えの湯呑ではなく、それぞれに引っ張り出したちぐはぐなカップだった。
 熱く濃い日本茶を三人で啜った。新花に「今夜どうするの」と訊くと、「知人の家が近くにあるからそこに行く」と言った。
「もう遅いよ? 大丈夫なの?」
「あっちも一人暮らしだから何時に行っても平気。でも透馬くんがいてくれるんなら、もう行こうかな」新花も時計を確認して言う。
「真城さんも大丈夫そうだってわかったし」
「……二人って前から知り合いだったの?」
「ちょっとだけ、柄沢を通じてね。こんな風に透馬くんと対面するなんて思わなかったけど、いつかあなたにも会いたいから会わせてね、ってずっと真城さんには頼んでいたのよ」
「……そうなんだ」綾の顔を見るが、綾はカップに口をつけて茶を啜っているだけで顔をあげない。その姿に心細くなり、「今夜は泊まっていくからな」と綾に言った。無言で綾は頷く。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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