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誓子から知らせを受け取った時、透馬はバイト先の仲間とボーリングの真っ最中だった。と言っても透馬はほとんど眺めているだけの、盛り上げ役。隣に座る同い年の女の子が何度も足を組み替えるのに気付いていながら、つまんねえな、と思っていた。うわべでは笑っている。でも心は冷え切っている。大学一年の師走、「クリスマス会」と称した集まりだった。
実家に帰った途端に持たされた携帯電話を尻ポケットから取り出し、誓子からの電話にうざったそうに応答する。本当にめんどうくさいと思っていた。だが誓子の第一声を聞いて、透馬は思わず立ち上がった。
『――綾が倒れたって』
「え?」周囲が騒がしくてうまく音が拾えない。「伯父さん?」
『そう、カルチャースクールで教え終わった直後に、事務室で。事務の女性が気を利かせてくれてこちらに連絡が来たのよ。すぐ行きたいと思うんだけど、今日は彩湖の発表会があって、まだ会場に』
妹の彩湖は幼い頃にはじめたヴァイオリンが性に合ったらしく、高校二年生の今でも続けている。今日はクリスマスコンサートだと今朝話していた、と思い出す。
周囲から離れてようやく見つけた自動販売機のスペースで、窓の外を見下ろしながら喋る。綾が倒れた。綾が、倒れた。
懐かしさと悔しさが一気にこみあげる。いてもたってもいられず、透馬は誓子に「おれが行く」と告げた。
電話の向こうで誓子はほっとちいさく息をついた。『本当? 行ってくれる?』
「いいよ、どうせ大学なんて行っても行かなくても同じだし」
『……あまりそういうことは言わないで。じゃあ、透馬を送るように寺島さんに頼んでおくから。タクシーまわしてもらうわ』
寺島、というのは青井家に務める手伝いの女性の名だ。透馬はとっさに「いい」と言った。
「駅まで自力で行った方が早い。自分で行く」
誰の助けも借りずにひとりで行きたかった。誓子は『そう』とだけ言って、綾の搬送先と連絡先、必要品を事細かに指示した。
だからひとりにするんじゃなかったと、道中の列車内で透馬は後悔と焦燥に駆られていた。倒れたって、一体どうなってそうなったのか。ただの疲労ぐらいだったらいいが、なにか重大な病気が見つかったりしていたらどうしよう。誰も綾の面倒を見られない、ということにぞっとした。あんな土地でひとりでは、孤立する。こういう時頼りにしたいお隣のおばさんはもういないし、その後に住んだ羽村も、今年の夏に職場を変えると言って引っ越したと聞いている。
電車は透馬の思うような速度で進まない。最寄駅では特急列車が止まらず、手前で降りてから各駅停車のローカル線に乗り換えねばならない手間も惜しかった。ようやく駅までたどり着き、寝こけたタクシーの運転手を叩き起こして病院までの道のりを案内させる。誓子から聞いた救急搬送の処置室を訪ねると、綾は確かにベッドに横たわっていた。
その傍らの丸椅子に腰かけて、一人の女性が本を読んでいた。耳の下ですっきりと切り揃えたボブカット、首筋の白さが目立つ。オリーブグリーンのやわらかなモヘアのニットを着たその女性は、透馬に気付いて「あら」と声をあげた。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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