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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 三月までは執行猶予のように綾と暮らせた。受験勉強というものを透馬はまったくしなかったのだが、おざなりのセンター試験及び二次試験で透馬はH学院大に受かった。父親がなにかの操作をしたと分かっている。大学や生活など、もうどこでも、なんでも、どうでもよかった。
 綾と共に暮らしてはいても、暮らし方は以前と変わった。透馬は隣家の羽村と半年間の期限付きで付き合いだした。失恋の痛みをそっと撫でさするように羽村は透馬を癒してくれた。自分をあまやかして認めてくれる存在に夢中になっているのか夢中になっていることにしているのか、分からないが透馬は家を空けることが多くなった。羽村の家にばかり入り浸る。生活の必需は隣へ帰宅すればあるのだ。二人分の食事を用意することもなくなったが、なにも不便はなかった。
 綾の姿を見ると、つらい。こんな大人、と思うのに自分はついすがる目をしてしまうのだろう、目が合うと綾の方から視線をそらした。そのうちそらし方が分かって、お互い目も見合わなくなった。元々がふたりとも器用なタイプではない。距離はあっという間に遠のいた。
 実家に帰る日の前日、羽村の家で二人きりでパーティーをした。出来る限りの贅沢をしよう、と羽村が言い張って、たくさんの食材を買い込んだ。ピザ屋のパーティパックにアイスクリーム、ポタージュスープ、スナック菓子。羽村が「内緒ね」と言って渡してくれたチューハイの缶が、透馬にとっては初めての飲酒になった。
 部屋は羽村の手でセンス良く飾り付けまでされていた。職場で余った布や糸を適当に縫い合わせて綿をつめ、できあがったオブジェは部屋のあらゆるところに貼りつけられた。そのクリエイティブなやり方がいかにも元・美大生らしく、これで羽村と別れるのだと思うと、恋心はなかったにしろやっぱり惜しくて、せつなかった。
 半年前に羽村が見せてくれて以降はまって繰り返し見ているDVDをまた二人で見ながら、色んな話をした。はじめての飲酒で頭がくらりとまわり、身体が浮き上がったり沈んだりするのが楽しい。腹いっぱい食べ、飲み、ああ気持ちいいと思った頃には羽村のベッドの上にいた。着ていたパーカーは脱いでいたが全裸ではなく、羽村は着衣のままテーブルに頬杖をついて透馬を眺めていた。
「笑ったまま次の瞬間には寝てるからさー、びっくりしたよー」
 はじめの頃と変わらぬのんびりとした口調で、羽村が笑う。「思わず写真撮っちゃった」と携帯電話の画面を操作して言うので、慌てて飛び起きた。
「嘘っ、うわ消して消して」
「しばらく待ち受けにするわ」
 細長い液晶の中にのんきに口をあけて寝ている自分の姿があった。恥ずかしくて、羽村から携帯電話を奪おうとも羽村はのらくらとそれを交わしてしまう。羽村が腕を高く伸ばすのでそこに手を伸ばしたら、ちかくに羽村の顔があったからキスをした。こつんと額同士を合わせ、それから羽村は透馬の肩に頭をもたせてきた。
「終わりかー」
 呟く羽村に、答えられなかった。惜しいと思ってはいても、青井の家に戻ってまで続ける自信のない恋愛。恋と呼べるものだったのかどうかも怪しい。ただ、楽しかった。痛む胸は綾に持って行かれて、羽村のところにはなかったのだから。
「待ち受けになんかさ、しないからな」と羽村が言った。「超未練じゃん、おれ」
「こんな田舎でカレシ見つける方が難しいけど、ま、透馬よりも不細工でもなんでもいいから、おれにちゃんと恋してくれるやつと恋愛する」
 おれにちゃんと、のところでざくっと胸を切り開かれた。そんなせつない思いをさせていた事実を、はじめて知った。
 どこまで鈍かったのだろう。目を瞑って手触りの良さだけを楽しんでいた。触られている羽村の痛みなど考えもしなかった。最低だ。ごめん羽村さん、と呟く。
「……謝るなよ、透馬。透馬ははじめからあの伯父さんが好きで、それを貫いたままだ。失恋したくせになー……それ、なかなかできることじゃないぜ」
「……」
「一生懸命誘惑したんだけどな。なびかなかったな、ちっとも」
「そんなことないよ」
 羽村の髪を撫でて梳いてやる。今までごめんなさい、ありがとう、の気持ちをこめて精一杯優しく手で包む。
「あっさりなびいてたからこうなってんじゃん、」
「……そうかー」
「そうだよ羽村さん、未成年にしれっと手ぇ出してさ」
「いやあ、初々しいのがそそられてつい」
 いつもの口調に戻ってほっとした。どちらも泣かなかった。もう一度、くちびるを長く合わせるキスをして、顔を離した。後片付けはきちんと二人で。「ばいばい」と手を振って羽村と別れた。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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