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綾の告白に、その時はじめて、それが誰なのか理解した。綾が「やつ」と呼べる間柄の、と言えば一人しか思い浮かばない。透馬に料理の一歩を教えた、いつでも明るい、ひょうひょうとしたさすらい人。
「――暁永さん、」
「うん」
瞬間、綾は本当に痛そうに顔を歪めた。暁永を好きでいることが、まるで絶望であるかのように。「子どもの頃からずっと、本当に好きだ」と言えば、さらに悲しみの色を濃くする。
「――調子いいんだ、いつも。日頃すきにあちこちしてこっちのことなんか気にもかけないのに、ぼくが調子を崩したり寝込んでいたりで淋しくなっている時に限って、嗅ぎつけてやって来る。やさしくしてくれる。でも暁永の本当の興味は花にしかない。それを知っていて、ぼくは花の絵なんか描いてる」
綾を真剣に見つめる透馬の目がつらい、とばかりに、綾は片側の手で顔をすっかり覆い隠してしまう。綾の口から紡がれる言葉の一音一音を透馬は聞き漏らさぬように耳をそばだてる。夏の盛りのテラス席では人の話し声よりも蝉の声の方がうるさかった。
「ずいぶんと昔になるけど、暁永が話してくれた夢がある。新種の花を見つけることだと言った。屈託なく言って――じゃあその花をぼくが描くよと、話した。ぼくはそれを約束だと思っている。暁永がそれを覚えているのかどうかは知らないけど」
綾は鞄から一冊のスケッチブックを取り出した。丸まった角や日に焼けた表紙が年数を感じさせる。「大学の頃に描いていたやつ」と言って綾はページをめくった。いまと変わらぬ細かい筆致の植物画に紛れて、本物の花が現れた。茎をマスキングテープで止めて押し花にしてある。
からからに乾いていたが、花弁には青が残っていた。とげが多くて痛そうだ。「ヒマラヤン・ブルーポピー」と綾が言った。「学名はメコノプシス・ベトニキフォリア」
「青いケシ。栽培が難しい花を、大学の研究室でこれを栽培出来たんだと喜んで暁永が一本持ってきてくれた。いまはこの通り干からびてからから。けど、花が生きていた頃は繊細で瑞々しい青をしていたんだ」
「青い花……」
青井が社の技術を総結集させて開発に心血注いでいる、と噂には聞いている。それは確か、実験段階では毒々しい青をしていた。この弱々しい枯れた花がどういう青を持つものなのか、実物を見たいと思った。
綾を虜にさせている暁永を虜にした青い色。
「暁永さんに、言ったの?」
「なにを」
「好きだって」
「何度も言ってるさ。そのたびにいつも通り笑ってなかったことにされてる。酔いに任せた勢いだったけど、迫ってみたこともある。それでもだめで、…でもぼくがつらいと絶対に帰ってくる。帰ってきてくれるから、ぼくはいまの家を出られない。…暁永がやって来るのを毎日心待ちにして、毎日裏切られている」
もうあきらめた、という口調だ。綾の悲痛な叫びを聞いた気がした。
そんな正義のヒーローみたいな奴、透馬には絶対にかなわなかった。暁永のあの笑顔を思い出し、いま目の前でつらくなりながらも告白をする綾を見て、怒りと悲しみが同時に湧き上がる。ぐつぐつに煮えたぎり混ざりこんで、どうにも感情を昇華出来ない。
目の前に広げられているスケッチブックの押し花は、綾の姿なのではないかと思った。恋を恋として認められぬままに手折られ閉じ込められ、押しつぶされて、姿をとどめながらも枯れ、かろうじて色素を残すうすい花。とげが多いところもまた綾だと思った。本当にもろく繊細だから纏う鎧を大きくするしかない、心と身体。
報われない思いを抱え、家をかたくなに守り続けている。
それもいま青井の手でつぶされそうになっている。なんということだ。透馬の大好きな人はみな、苦しまねばならないのか。
せめて家だけは綾に残してやりたい。もう綾の家ではないのだけど、暁永を待つ綾の居場所を奪いたくはなかった。おれにはそれが出来る、と気付く。透馬が家を出て青井の元へ帰ればいい。
頭ががんがんと痛んだ。身体の内側で透馬自身がいやだいやだと叫んでいる。綾と一緒にいたい、F大に通いたいと言っている。それを無理に殺して、透馬は決意を口にした。
「――おれ、H学院大に行くよ」
綾はようやく顔を上げ、透馬を真正面から見つめた。その表情に悲しみと安堵とが混ざっているのを見て、透馬は思わず目をぎゅっと瞑った。
心臓が、ではなく、こころが痛い。
「実家に、戻る」
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粟津原栗子
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短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
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甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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