忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


 日暮れ、ベッドから出ないままの羽村に「早く戻んな」と促され、シャワーだけ浴びて帰宅した。さっき誰か来たみたいだと、隣家ならではの物音の伝わり方で察していた。正直を言えば透馬は眠りたかったのだが、帰宅して待っていたのは誓子だった。
「おかえりなさい」
 台所で夕飯の支度をしてくれている。居間の座卓には綾が憮然とした顔つきで座って冷茶を飲んでいた。
 こんなに勢ぞろいだと先ほどまでしていたことが知られるんじゃないかと焦ったが、二人はいつも通りだった。「いきなりどうしたの?」と誓子に尋ねると、誓子は決まり悪そうに「ちょっと話があってね」と言った。
「来年からのこと」
「――」
「でも、食事を終えてからにしましょう」
 誓子が用意してくれたのは冷麦と吸い物、それとお土産に買って来たという焼売だった。簡単な食事だが、母の手料理は久々だ。それを三人で食べ、食後にアイスクリームという贅沢もさせてもらって、一息ついた頃に誓子が口をひらいた。
「青井がね……志望校を変更しろ、って」
 大体予想通りの台詞だった。透馬の志望するF大学は国立大で、偏差値も高い。だが青井が納得するような大学ではないということもまた、承知だった。国立よりも私立、その気になれば裏金をつかってでも入学させよう、というのが青井という人間だ。
「……どこに変えろって言ってんの」
「H学院大。あそこはアオイグループと技術提携しているから。そこの、経済学部に」
「おれ、志望は工学部だよ。経済学部なんて、おれに跡を継げだなんてちっとも思っちゃいないくせに」
 透馬のすれた物言いに、誓子は悲しそうな顔をした。
 透馬自身、応じるつもりはなかった。「H学院大でなければ学費は出さないと言っているの」という誓子の台詞にも、じゃあ死ぬほどバイトでもなんでもしてF大に通ってやる、とさえ思った。青井の思い通りの人生がどういうものか読めないが、まっぴらごめんだ。いまは無力な中学生じゃない、年齢が上がって身体も大きくなり、出来ることが増えた。だからこそ透馬は強い態度で「嫌だ」と言った。
 だが透馬の想いと裏腹に、驚くことに綾が「H学院大もいい大学だぞ」と言い出した。
 綾だけは味方だと思っていた――透馬は驚いて綾を見た。「え?」
「……ここから通えるって言ったって、F大は駅まで遠いし、大学の最寄駅からも遠い。学費も出ないと言うなら、透馬の負担は大きすぎる」
「……なんだそれ」
「H学院大なら実家から通える。ここより都会で人も集まる。透馬に……いい刺激になるだろう」
「なんで伯父さんがそんなこと言うんだよ!」
 思わず声を荒げると、綾はこちらがひるむような目つきを透馬に向けた。
「ぼくがここの家主だからだ。そして透馬、おまえの保護者は青井だ」
「……でも」綾に裏切られたという絶望が煮えて、うまく言い返せない。今日はなんて日だろうか。綾への恋心を自覚させられて、綾ではない人間とはじめてセックスをして、帰ってくればこの有様。
「……もう色々と限界だろう、二人じゃ」
 それだけ言って綾は立ち上がった。どこ行くの? という誓子の問いに綾は「仕事」と答える。本当に仕事があるのかどうか、離れへと行ってしまった。
 怒りで肩をふうふうと上下させている透馬に、誓子が「仕方がないの」と謝った。
「なにが仕方ないのさ。おれが、本気でF大に進学したいって言っていても?」
「この家、借金があるの」
 誓子の台詞に透馬は今までの怒りを一瞬忘れた。
「え?」
「父さんは、実はひどい浪費家だった。あちこちに借金をつくってね、それを死んだときにだいぶ清算して、まだ残ってしまった。綾が苦労してなんとか返しているけれど、途方もなくて。…それを青井が引き受けたのよ」
 透馬にとって、知らない話だった。借金があったことも、それを綾が密かに返し続けていたことも、なにもかも。
「その代わりに土地と家を寄越せと青井は言ってきた。それから透馬を返せ、と。いまこの家の権利は青井にあるわ。透馬が戻らなければ家は潰すと言った。綾は路頭に迷うことになる」
「……それが、おれがH学院大に進まなきゃいけない理由?」
「だからって透馬の進路を曲げていい理由にはならないわよね。…青井のわがまま、今回だけは防いでやれなかった。……ごめんなさい、透馬」
 そう言って誓子は祈るように深くうなだれた。すすり泣く声がする。綾の生活を取られてしまっては、これじゃ、と透馬は思った。これじゃどうしようもないじゃないか。
 どうしてここまで青井に嫌われなければならないのだろう。
 どうして綾と二人で暮らしてはいけないのだろう?
 羽村は「すきならいいじゃん」と言ってくれた。たった半日前に言われたあの言葉がどれだけ嬉しかったか。いま無性に羽村に会いたい、と思った。会って、慰められたい。いまの透馬を肯定してほしい。
 そして綾の本心を訊きたいと思った。
 本当に透馬に家を出て行けと思っているのかどうか。そうせざるを得ない状況下でも、綾の気持ちを訊きたい。


← 74
→ 76





拍手[45回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501