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 夕食の一件以降、羽村はよく真城家を訪れた。最初の頃の強引さ通りに「淋しいから一緒にめし食っていい?」と唐突にやって来る。弁当持参で来るときもあれば、「これでなにか作って」と食材を一品か二品持ち込むときもあった。
 羽村が食卓に訪れると特に綾にとっては大幅にテンポが乱されるものらしかった。羽村がやって来るとあからさまに不機嫌な顔をして部屋に引っ込んでしまうので、そのうち透馬自身が羽村の家へ行くようになった。
 透馬にとって、大学を出たての羽村は憧れでもあった。洒落ていて、技術を持っていて、労働のおかげで自由な金もある。二十代、男の一人暮らし。羽村の生活は気ままなもので、部屋に落ちている雑誌が北欧家具の特集だったりするだけで透馬には新鮮に映った。綾だって雑誌を読まないわけではないが、年齢がずれているので若い男性向けのファッション雑誌などまずお目にかからない。透馬がよく買うような漫画雑誌でもなく綾が愛読している文芸誌でもない、という辺りが透馬の興味をそそった。
 着ている服だって趣味がいい。ちょっと奇抜な気もするが、それが美大出身であるという羽村を裏付けているようで、好ましかった。出身大学にも興味がある。羽村のする話は面白く、透馬の知的好奇心をくすぐる。
 家でやれば済む勉強道具をわざわざ羽村の家に持ち込んでまで行っていたのは、そこまで羽村に懐いてしまったからだ。夏休み、受験シーズンへ向けてアルバイトはしていない。時間はたっぷりあった。
 羽村の仕事休みの日、羽村の家で数学に取り掛かっていた透馬は、ふと「透馬はさあ」の呼びかけに顔を上げた。
 羽村はベッドに寝転んでファッション関連の雑誌をめくっていたのだが、飽きたらしい。風が通り、羽村が染め織ったというのれんを揺らし、ガラスの風鈴がちんと音を立てた。
「どこ行くの、ダイガク」
 羽村の発音はいつもゆっくりで、知っている言葉でも聞きなれない外国語のような響きを持つ。独特なリズムを自身で築いているのだと思う。それが羽村という人間の主義主張であるような気がしてからは、はじめの頃よりも好感を持つようになった。
 羽村の質問に、透馬は「F大です」と答えた。
「へえ、すげえじゃん国立じゃん。アタマいーんだ」
「F大だったらあの家から通えるからです。行きたい学部、あるし」
「あーそっか。あすこ、デザインできるんだってなー」
 透馬が以前羨んでいたことを思い出し、羽村は微笑した。
「一人暮らししようとか思わないの?」
「――あんまり考えたことは」
 一人暮らし。してみたいとは思わなかった。透馬はいまの暮らしが続くことの方が嬉しい。綾との静かな暮らしは、しかし青井の気まぐれでいつ終わるかだって分からないのだ。
 今だって恐怖している。高校三年、この時期になっても青井が沈黙を決め込んでいることを。透馬にすっかり興味を失くしたのだったらそれが良かった。だが青井は分からない。ある日突然、アオイ化学が技術提携を結んでいる私立大や青井自身の母校へ「行け」と言われてもおかしくはない、と考える。学費を含めた諸々の養育費は青井が支払っている。
 羽村は唐突に、「透馬は男同士の恋愛って考えたことある?」と聞いた。
 話が突拍子すぎて、一瞬面食らった。それから言葉の意味を考えて、よぎったのが綾の白い腕や指だったりするので心臓がずきっと痛んだ。羽村の顔が普段となんら変わりないので、からかわれているのだと思った。
「話が繋がってませんよ」
「いや、つながってるさ。F大に行って、家を出ないんだろ。それってずっとって考えてる? あの家を出ることは思惑の外? あの伯父さんとずっと二人で暮らしてゆきたいと思ってるんだろ?」
 羽村の口調が速まったので透馬はびっくりした。こんなにすらすらと喋れる人間だったとは。そして羽村の台詞にも心臓を高ぶらせていた。うすうす自分でも気づいていたことを、いま、羽村は指摘しようとしている。
「透馬ってさ、伯父さんのことが好きなんだろ」
 言葉は暴力だ、とその時はじめて痛感した。口にした途端におそろしい破壊力を持って相手を殴りにかかる。羽村の言葉に、透馬は芯までじんと打たれて動けない。
「ちがう?」
 違わなかった。
 ずっと綾の傍にいたいと思っている。朝も昼も夜も、帰れる場所が綾の元であることがどんなに喜びであることか。そして一方で、飢えるばかりだ。綾には一生手出しをしてはいけないのだ、という血の背徳感と、日を増すごとに膨れ上がる、綾を制圧したいという欲。
 正直、透馬の中だけにその秘密を置いておくことはきつかった。誰かに喋ってしまいたくても、咎められるのが怖くて口に出来ないでいる。それを羽村に言い当てられて、透馬は焦りと同時に安心を覚えた。どうしていいのか分からないまま身体の中に渦巻かせている黒々と淀んだ流れを、羽村が少しでも変えてくれたように思えたのだ。
「……伯父さんのこと、好きです」
 今まで怖くてひとり言でさえ口にしなかった想いを発音してみると、ほろっと自分自身が崩れ出した気がした。がけ崩れ、土石流、そんな天災に例えられるほどの衝撃で。
「伯父さんに出て行けと言われたら、多分生きていけない」
「そんなに好きなんだ」
「でもいけないことなので」
「なんで? 男同士だから?」
「血も繋がってる」
「ふうん。でも、それが?」
 羽村の言い方にはっと顔を上げた。「好きなら好きでいいんじゃん」と屈託なく言う。
 そのものの言い方にとても救われた。泣きそうになり、顔をしかめる。羽村が「なんちゅう顔して恋してんの」と笑う。
 笑ったのだが、羽村もまた切なそうに眉根を寄せる。「羽村さん?」と訊ねると、羽村は「いやおれいま失恋が確定したから」と答えた。
「きみのこと好きだよ」
 透馬はびっくりした。クラスメイトから告白されたことは何度かあったが、面と向かってストレートに言われたことはなく、その大人びた告白に呼吸を一息ぶん忘れた。
「はじめて見た時、こいつおれのものになんねえかなーって思ったし。でもって透馬が誰が好きなのか分かっちゃうぐらいに見ちゃってるしな。セックスとか、超したい」
「セッ……っ……」
「なに、口にするのも恥ずかしいお年頃? 興味あるだろ、セックスセックスセックス」
 透馬に向かってわざと連呼する。羽村の言う通りで、興味はあった。綾に内緒でインターネットを使ってアダルトサイトの無料動画を漁ることもあるし、友人の体験談を興味深く聞いたことだってある。朝も夜も自慰にふけってまだ足りないような日だってある。
 透馬にとって、対象は綾でしかありえなかった。それがいま、綾以外の人間からあからさまに「したい」と言われている状況。好奇心は充分ある。だが迂闊にしていいものなのかどうか、分からない。
「はじめては好きな人じゃないと嫌? それとももう、とっくにはじめてじゃないとか?」
 羽村はベッドから降りた。顔と顔が近付く。他人の息が触れかかる距離が透馬には新鮮で、肌の表面がざわめいた。
「おれ、みっともなくて必死。……なあ、おれとしてみない?」
「羽村さ」
「透馬、抱いてよ」
 やり方教えるからさ。羽村はそう言って透馬の耳を甘く食んだ。



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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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