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 行き先の候補は三か所あった。ひとつ、山間のキャンプ施設で焼肉をする。ひとつ、海辺の水族館へ行く。ひとつ、遊園地へ行く。暁永は「こっち来たなら山だろ、山」とキャンプ場での焼肉を推したが、山奥にあるというそれに透馬は魅力を感じなかった。それよりも水族館へ行きたかったのだが、これは綾が嫌がった。全く知らない話で、綾は水が駄目だという。
「――え、じゃあ風呂とか洗顔も、だめ?」一緒に生活していて、そんな風には見えなかったが。
「いや、慣れたしそれぐらいは許容範囲だよ。プールはだめだな。たっぷりと水面がたゆたっているのを見ると、息苦しくなるんだ」
「たゆたう?」
「ゆらゆらしている、っていう意味」
 字を教わり始めてから、時折こうして綾は透馬の質問に答えてくれるようになった。
 それにしても水が苦手だなんて。生活に必需な事柄じゃないか、と透馬は憤りを感じる。言ってくれればいいのに、これだから無口は。そうは思っても、じゃあ水が苦手ですといざ言われて透馬がどうこう出来た話ではないのだが、教えてほしかった。綾のことを。
 暁永が至ってのんきに「やーっぱ水系はだめかー」と答え、結局行っても行かなくてもいいような遊園地へ三人で行くことになった。
 夏休みも終わった九月の半ばであるせいか、休日だというのに人影もまばらだ。ぐずぐずと煮え切らない薄い雲の広がる微妙な天気の日で、その代わりに連日の暑さはずいぶんとやわらいで過ごしやすくはなっていた。コーヒーカップやメリーゴーラウンドやゴーカートと言った入口すぐのアトラクションをすっ飛ばして、暁永がまっすぐに向かった先は案の定と言うべきかジェットコースターだった。実を言うと透馬はこういうものが苦手だ。家族で遊園地に来た思い出自体はあるのだが、彩湖が喜んでばかりで透馬は怖くて仕方がなかった。男の子のなんだからああいうの好きなんでしょう? と祖母に握らされたチケットも、結局は別の大人しいアトラクションで使った。
 おそらくは有無を言わさず強制的に仕掛けられたスピードが。強引に恐怖を与えてくるあたりある意味青井の父親とそっくりだ。ちょうどよく人がいない、と喜んで駆け寄る暁永に、透馬はついて行きたくなかった。暁永が振り返る。
「なんで? こういうもんダメ?」
「あっちにしようよ、空中サイクリング」遊園地内の空中にぐるりと張り巡らされたレールの上を走るサイクリングのアトラクションを指差す。「それか、観覧車」
「あほか、そりゃ中盤にとっとくってもんだろ。そうか、透馬はジェットコースター乗れない系か」
「乗れない系。……男だけど、ビビリ?」
「おまえの年齢じゃまだ決めつけらんないだろ。ま、綾は完全にだめだけどな」
 そういえば綾はと振り返ると、三人分の荷物を抱えて木陰のベンチに座り、ミネラルウォーターの入ったボトルを口にしている。二人に気付くと「早く行け」と言う風に顎で先を促した。
「ほら、もう端から乗る気ねえんだ」
「おれも残ってるから暁永さん行ってきていいよ」
「だからおまえの年齢じゃわかんねえって言っただろ。乗っとけよ、ここのはそんなんでもねえから」
 そう言って強引に手を引かれて連れ込まれる。どこが「そんなんでもない」というのか、という十数分間だった。身体的な気持ち悪さよりも、精神的なダメージの方が大きい。
「ほら、次アレ」
 間髪入れずに連れ込まれたのは水の上を通過するジェットコースターで、その次はタワーの一番上から猛スピードで落とされるアトラクション、次は、その次はといわゆる「絶叫系」にばかり乗せられて透馬は身がもたない。
 ただ、最中に暁永が大声を出すことを教えてくれた。思い切って手を離してみることも。力が入っているから抜けよ、という通りに声を出したり手を挙げてみると、思いのほか「楽しい」と思える瞬間があった。身体が宙に浮いて振り回される、ある意味では強引な、強烈な解放感。次第に笑顔の増えた透馬を見て、暁永は「みんなこういうこと楽しみに遊園地に来るんだよ」と冷えた炭酸飲料水を渡してくれた。
「吐き出したらどうしようかと思ったけど、そうでもねえな。楽しかっただろ、透馬」
「……あんまり連続してやらなければ」
「最後笑ってたくせに」
 飲み歩きしながら綾の元へ戻る。綾はなにをしていたかと思えば、スケッチブックを取り出して絵を描いていた。普段を裸眼で過ごす人は、絵や文字を描く時だけ眼鏡をかける。銀色の細いフレーム越しに目が合ってどきりとした。
「お、メリーゴーラウンド」綾の手元を勝手に覗き込んで暁永が言う。
「綾が建築物を描くのは珍しいな」
「こういう絵は誓子の方が得意だな、やっぱ」
「おれも見たい、」
 そう言うと綾はうすく笑って透馬にスケッチブックを寄越してくれた。普段よりもややタッチが荒い。大きなものを描くときは鉛筆を横にして持つために、線が太くなる、と言う。
「じゃ、まあ、綾も楽しませてやんなきゃだからメリーゴーラウンドも乗りますか」
 暁永が朗らかに言う。
「べつに乗りたくて描いてたわけじゃない」
「透馬どう?」
「おれ、あっち乗りたい」
 指差した先に観覧車がある。先程、けっこうな高さまで上がるアトラクションを経験して、観覧車はもっと上までゆくのを見た。寂れてはいるが町並みを見下ろせるのは魅力的で、乗りたいと思っていたのだ。
「じゃ、観覧車。綾もいいだろ」
 これには綾も頷いてくれた。それがなんだか嬉しい。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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