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結論から言えば透馬は引っ越さなくても済んだ。誓子が青井を説得したおかげだと綾に説明され、疑わしかったが青井も特になんのアクションも起こさなかった。完全に信じるまでには少し時間がかかった。青井のやることはいつだってエキセントリックで衝動的、常に緊張感を強いるからだ。
青井の一件以降、透馬も綾も疲れていた。改めて二人暮らしとなったわけだが、祖父はだいぶ前からほぼ病院暮らしのまま逝ったので生活は変わらない。変わらないことが良かったのか悪かったのか。特に綾は、なんとなくだるい、と言って横になっているところをよく見かけるようになった。身体を起こしてられないぐらい辛いのだ。
夏の暑さも手伝っているのかもしれなかった。医者へ行こうよ、と言っても「この時期はいつものことだから」と言って聞かない。明日もあんな調子だったら隣の家のおばさんか柿内の母親に綾の調子の悪さを相談してみよう、と決意して床に就いた晩、唐突に暁永がやって来た。
前回と同じ出現の仕方だったが、夜遅かったので透馬は寝ていた。驚くことに暁永は真城家の合鍵を持っており、それをつかって侵入したのだ。なにか物音がする、と思って起き上がり、音のする方へ行く。綾の部屋の襖は半分ほどあいていて、中からスタンドの明かりが漏れていた。
ベッドに横たわった綾を、前と同じように暁永が見下ろしていた。とても優しい顔立ちをしていることにその時気が付いた。
なにか話しているのを、聞いてはいけない気がした。でも聞きたい。透馬はそっと襖の横の壁にもたれ、座り込む。耳を澄ますと細々と夢のようなボリュームで二人の話し声が届いた。
――親父さん、亡くなったんだってな
――ああ
――勝手でわるいけどさっき線香あげさせてもらった
――わるいなんて思っちゃいないだろ、
――綾、また痩せたか
――なんでもっと早く来なかった
――……
――来なかったんだ
急に音が止んで、聞こえなくなった。床木が軋まぬよう細心の注意を払いながら手をついて体重移動をし、中を覗きこむ。
綾の頭を暁永が撫でていた。眠り際の子どもを愛おしむように、優しく髪を梳いている。
――明日もいるから。今日はおやすみ
そう言っても、部屋を出てゆく気配がない。綾が眠りにつくまでずっとそうしているつもりか。気付かれないようにゆっくりと立ち上がり、透馬は自室に戻った。
寝て起きたらますますあれは夢だったんじゃないかと思えたが、支度を終えて台所へ行くと暁永が「よおおはよ」と当たり前に調理台の前に立っているので、そうか本当のことだったんだと起き抜けのぼんやりとした頭で理解した。
「大変だったな」暁永は包丁とまな板の上でねぎを刻みながら言う。
「じいさん亡くなって、青井の親父が面倒事持ち込んだんだって?」
「……みんな知ってんの?」
「半分は綾から聞いて、半分は誓子から聞いた。あとほんの少しだけ新花から情報収集」
「アタカ?」
「名前も知らないのか。おまえの姉貴だよ」
言いながらぱきぱきとした動きで食事の支度をしてゆく。小鍋の中で味噌を溶き、同時に炊飯器が炊飯終了の電子音を鳴らす。(もっともこれは透馬が昨夜仕掛けておいたものだ。)フライパンの中にはなにか別の一品も出来ているようだった。透馬は冷蔵庫から玉子を二つ取り出して歩いてゆき、暁永の隣へ立つ。
背の高い男の肩にも届かなかった身長だが、今は暁永の顔の半分まで届いていた。
「――たまご、もう古いから使っちゃいたい」
「お、発言が前とずいぶん違うな、透馬」
「おれがめし作ってる話も伯父さんから聞いた?」
「綾じゃなくて、誓子から。大した進歩だと思うぜ。冷蔵庫、ものが充実しててかつ整ってるからさ」
「片付けろってのは伯父さんがうるさいから」
違いない、と暁永は明るく笑った。
透馬が取り出したふたつの玉子は暁永が炒り玉子にした。きつめの醤油と砂糖とで甘辛く、のりとごまと合わせると簡単なふりかけだ。そうかそういう使い方もあったか、と透馬は興味津々にそれを眺めた。玉子焼きにするよりも簡単で、ゆでたまごにするよりも食卓に映える。
「伯父さん、食うかな」
「おれのめし食わないなんてあり得ない。呼んで来いよ」
暁永に指示されて透馬は綾の部屋へ向かった。少しずつ寒くなってきているから、綾は半そでのTシャツの上に薄いカーディガンを羽織った。白く細い腕がやわらかな布地に隠されてゆく。その様を見てなぜだか落ち着かない気分になった。
「? 透馬?」
「行く、」
綾の腕を、手を見ていた。それから肩を、首筋を。指摘されてようやく意識が表へ戻り、慌てて綾の部屋から出る。
また三人での食事だ。綾は「食べたくない」と言わずに、茶碗に小盛りの飯をゆっくりと噛んだ。良かった、とひどく安心する。暁永が「ほら言ったろ」と自信満々に微笑んだ。
「暁永さん、いつまでいんの?」
「しばらく」
しれっと答えて、暁永はきゅうりの漬物をぱりぱりと音を立てて噛む。「ちょうど夏休みなんだ、いま」
「遅くない?」
「ずらして取ったからな。――どこでも連れてってやるぞ、透馬」
「え」
こっちに話が来ると思ってはいなくて、驚いた。
「どこでも?」
「おまえ、ここ来てからどこにも遊びにつれてってもらってねえだろ。綾のことだし」
違う? と暁永は綾の方を向く。綾は目だけで頷いた。
「でもおれ学校始まっちゃってるよ」
「じゃあ次の休みだな」
次の休みまで、あと二日だ。
「綾も行こうぜ」
「ぼくはいいよ」
「付き合いわりーな。早く身体なおして遊びに行こうぜって言ってんの」
加減なく暁永は綾の背中を叩いた。反動で綾の身体が揺れ、折れやしないかとひやひやする。しかし綾は笑っていた。透馬が久しく見ていない、心からくつろいだ顔をする。
笑えばつめたい印象が一気にほどけ、魅力的になるのだった。人間に戻った、とでも言いたいぐらいだ。不意に見せられた笑顔に透馬の心臓が大きく鳴った。なんだろう、とても痛く、苦しい。
「そうだな、たまにはな」
暁永に同意し、また笑う。透馬はまだ心臓が痛かった。
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