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 祖父とは一緒の時間をろくに過ごせなかった。中学二年の夏、祖父、綾と誓子の父親が逝った。八十歳、なかなかの往生だと思ったのだが、周囲からは「まだまだ元気に長生きしてほしかった」と惜しむ声が多かった。
 元々、足を悪くして車椅子の生活ではあった。それでもボケとは無縁で、いつ話しかけても冴え冴えと明快な答えを返してくれる人物であったが、一昨年肺に癌が見つかってからは病院と家との往復生活となった。冬から春にかけ、肺炎にかかった時は助からないかと思われたが、なんとか持ち直す。けれどそれも夏までで、酷暑も手伝って日に日に弱り、夏のさなかに死んだ。
 祖父の葬式は賑やかだった。生前世話になったという教え子や友人知人、同僚、一言では表しきれない様々な間柄の人間がひっきりなしにやって来て線香をあげて行った。当然ながら長男である綾は通夜の晩からずっと来客対応に葬式の手配、喪主まですべて勤めた。正直、死んだ祖父のことよりも綾の方がぶっ倒れやしないかとひやひやしていた。
 坊主があげる読経の声を聞きながら、透馬は生前の祖父の会話を思い出していた。見舞いに訪れた病室で、弱々しい声ながらもはっきりと、祖父は「綾をよろしくな」と言ったのだ。
 暁永といい、祖父といい、綾は様々な人間の心配の種になっているようだった(本人が望む望まずに関係なく)。こういうことかな、と喪主の座るべき場所に正座して静かに目を閉じている綾の方向を気にしながら思う。今回のことだって、透馬にはなにひとつ指示を出さずに、すべて綾ひとりでこなしてしまった。
 頼ってくれればいいのに、と思う。だが自分がまだ頼りない年齢であることや、父親に言わせれば「だめなやつ」だと言うことも知っている。自分のことでいっぱいの人間が他人を助けられるものだろうか。大人になれば違うのだったら、早く大人になりたい。暁永のように人を絶妙なタイミングで助けられる大人だ。
 その暁永は式には参列していないし、姿も見せていない。一通り弔問客をぐるりと見渡して、透馬は分からぬようにそっとため息をつく。当然と言えば当然、今日は青井の父親が誓子・彩湖を伴ってやって来ている。
 誓子自身は父親が亡くなった知らせを受けてすぐにやって来たが、青井がやって来たのは今朝になってからだ。多忙な人間がよく抜けて来られたと思うと同時に、来なくて良かったのにと苦々しい思いが湧く。久々に会った息子に「元気か」の一言はなく、青井はただ「葬儀が終わったら話がある」と言うのだった。それが嫌でいやで、逃げ出したいのを透馬はぐっとこらえている。頭が痛い。
 最後のお別れには祖父が大好きだったという百合の花を添えた。白く黄色い顔をしている祖父はちいさく、ああ死んだのだ、と妙な説得力を与えた。あの子猫の時と同じかなしみを抱きながらも、受ける衝撃はそれ以上。これが現実。透馬の絵や字を褒めては飴玉や饅頭をくれた祖父は、もういない。
 焼いて骨にしたところを骨壺に収めてしまうと、さらに妙な気持だった。淋しいとはまた違う、心の芯へずしりと響く重量感。
 祖父のことで心を締め付けられていたから、最後の会食が始まる頃には父親の憂鬱を忘れかけていた。「透馬」と冷酷な声で我に返った。ここへ来なさいというジェスチャーをされたので、しぶしぶ父親の傍へ寄った。
 目上の者を見下げてはいけない、と教えられている。父親に目線が合うよう隣の座布団へ正座すると、父親は「ここでの暮らしはどうだ」と淡々と喋った。
 父親の向こうで誓子が心配そうにこちらを見ているのが分かる。同じ目をした妹の彩湖がさらに向こうにいる。言葉に詰まった透馬に、父親は「学校へは通えていると聞いている」と続けた。
「だがここでは田舎すぎて勉強もろくに身に着かないし、おまえと真城とで生活は成り立たない。学校へ通えるようになったのだから、もう十分だ。透馬、おまえをここから引っ越させることに決めた。夏休み中に手配をする。Yヶ崎学園の中等部」
「――――えっ」
 有名私立高で、金持ちが通う、厳しい学校だと聞いている。学力テストの全国順位平均も高い。いきなりの決定に、透馬は言葉が出なかった。誓子も知らなかったのか、背後で目を丸くしている。
「どうして」
「同じことを何度も言わせるな。ここは田舎でまともな勉強が出来ない上に、ろくな生活ができていない、と言っているんだ」
「そんなわけない」青井の家にいた時の方がよっぽどろくな生活を送れていなかった。
「そうだろうが。食事をおまえが作っているだと? 笑わせるなよ、そんなことをさせるためにここへやったわけではない。無駄な時間だ」
「あなたそれは」
「おまえが口を挟むことではない、誓子」
 かろうじて反論しようとした母親も、父親にぴしりと言われ黙った。ようやく馴染み、失う怖さも知ってそれでも、というところで父親のこの決定。心にざわざわと不安が湧いて、視界がかすむ。
「嫌だ、嫌です」ここにいたい。
「おまえに拒否権はない。子は親に従うものだ」
「……」
「透馬」
 ぽんと手が肩に触れ、耳元につめたい息が吹きかかった、気がした。振り返ると綾が立っていた。透馬の肩に手を置きつつ、青井に鋭いまなざしを向けている。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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