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暁永襲来以降、綾は徐々に回復した。薬が効いたのだろうし、暁永の食事が良かったのだろう。透馬の看病が効いたかどうかは分からない。分からないが、起き上がれるようになった綾は透馬に「ありがとう」と言った。
「――伯父さん、」
正面切ってそう言うのはとても勇気が要った。「みっつお願いがあります」
「なんだろう」
綾は途端に険しい顔をした。ひるんではいけない。
「暁永さん来てくれなかったらおれには色々とどうしようもなかったから、……ひとりでやろうとしないで、もっとあらかじめ、頼ってほしかったよ」
喋りながら「どうしようもない奴に頼ってどうすんだ?」とか「風邪って前もって言えないよな」などと矛盾を思ったが、うまく言えない。言えないでいる透馬のことを綾は理解したらしく、神妙な顔つきで「わかった、悪かった」と言った。
「それと、二つ目。めし、おれが作ろうと思う」
「……それは、」
「作り方分かんないんだけど。暁永さん見てて、作れるようになりてえなって思ったし、ほら、ええと同級生の柿内、のおふくろさんに教えてもらえばいいしさ」
料理が出来ればこの家の、そして透馬自身の淋しさが紛らわせる気がしたのだ。柿内の母親を出したのは綾を納得させたかったからで、まだ申し込んでもいない。それでもどうしても、綾に「うん」と頷かせたかった。
綾は「それも悪かった」と言った。
「気にしてたんだ、育ち盛りに弁当ばかりでいいのかっていうのは。はじめは誓子も一緒にここで暮らすって聞いていたからいいと思っていたんだけど、…おまえの父さんが許さなくてね、」
「……」それは全く知らない話だった。青井は一体、どこまで人の首を締めたがるのだろう。
「透馬に頼めるなら、そうしたい」
「はい」
「うん」
食料の調達方法や食費の算段はまた相談し合うことになった。「みっつめは?」と綾の方から尋ねてきたので、素直に「絵を教わりたい」と言った。さすがに驚きだったのか、表情が渋く苦く変化した。
「伯父さんの絵、見たい。で、おれも描いてみたい」
「字ならいくらでも」淡々と綾は答えた。「字は、役に立つ。絵なんか描けてもなんのプラスにならない」
はっきりとした拒絶は、しかし予想済みだった。ひるまずに「絵がいい」と言うが、頑固なのは綾も同じで、首を縦に振らない。
「字にしなさい」「絵がいい」と両者譲らぬまま互いを睨みあう。あんまりかたくなに見詰め合っていて、吹き出したのは綾の方だった。意外なポイントで笑う。
「血だな」綾は言った。「真城も青井も、頑固が詰まってるからな」
「字も習うって言うなら絵も少しだけ教えようか」
「……ほんと?」
「だけど透馬、大変だよ。料理も習って字も絵も習って、部活も入るんだろう」
「部活のこと、知ってんの?」部活に入ろうかという話は、まだ綾にしていなかった。
「聞こえたんだ」
綾の部屋は居間の隣だ。暁永との会話はすべて聞こえていたと言う。
「それと当然、勉強も」
「……どれか一個減らしていいかな」
「だめだ、全部やりなさい。……まあ、出来るだろう、おまえは」
何の根拠があってそう言うのか分からなかったが、認められたようでなんだか嬉しかった。ふと綾の手を取ってみる。骨ばっていて硬く、つめたい。白く、ペンだこの出来ている節立った手。
それを頭の上に当ててみた。綾は怪訝そうな顔で「どうした?」と訊ねる。
「――いや、なんとなく」
「ん?」
心の中で、この手にこうしてほしい、という思いがあった。暁永が触れた時、想像したのはこの手だ。
この人とやっていけそうだ、とこの時思ったのだ。なんとなくぼんやりとした、でも清々しい気分で。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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