忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


 箸を止めた隙に透馬を窺った暁永は、「誓子に似てるな」と言った。
「歳、いくつ?」
「十三です。中学一年、」
「あー、ってことは来月二年にあがるのか。いい頃だな。退屈だろ、ここ」
「……そう、でもないです。四月からは部活も入る予定だし」
「へえ。何部?」
「バレー部、」
「おまえ運動できなさそうだけどできんのかよ」
 言い方にかちんと来たが、事実はその通りだ。柿内がバレー部だからどうかと誘われて入ろうとしている部活動で、練習もそこそこで解散するし上位に食い込むようなチームでもない、と聞いている。特にやることがなくて暇だから入ろうとしている部活動だ。
 だが暁永に言われたくはなかった。透馬の不機嫌を感じ取ったか取っていないのか、暁永は「だって綾も誓子も運動はからっきしだめだからさ」と微妙に話の方向を変えた。
「二人して家にこもってばっかりいるんだもんな。絵ぇ描いたり、本読んだり」
「……伯父さんも絵ぇ描くの?」
「あれ、見たことないか」
 笑顔のまま、暁永は鶏肉に箸をつける。咀嚼して飲みこんでから「細密画ばっかりな」と説明を足した。
「誓子は風景画も描いたけど、綾は植物や虫の細かい絵ばっかりさ。今度見せてもらえばいい、見せてもらえるもんなら」
「まだ描いてる?」
「描くさ。なに、興味ある?」
「……ちょっと」
 そう答えると、暁永は「やっぱ真城の家の子だな」と笑った。よく笑う男だ。綾とは正反対に思える。
「綾も誓子も絵や字が上手くて、そこらへんの賞ばっかり取ってよく表彰されてたよ。もう死んじまったけど、真城のおばさん…おまえのばあさんな、が多才な人だった」
 それから暁永はこの家のあらゆる歴史を教えてくれた。綾はかつてホテルの筆耕部門に勤めていたことや、高校時代の綾も誓子も描いた絵が全国巡回展で展示されたこと、誓子は美大で日本画を専攻していたが青井との縁談が持ち上がって道を諦めたこと。
 綾と暁永と誓子の仲の深さも聞いた。綾と暁永が同い年で仲が良く、誓子がよく引っ付いて来た。早くに祖母が亡くなり誓子が嫁に出てからは誰も食事を作る人がいないと言って、帰省するたびに暁永は真城の家に直行して食事を作ってやるのがいつもだそうだ。
 透馬がこの家に来てから半年ほど経っている。それまで暁永の姿を見たことはなかった。こういう親しい人間がいるならば早く来てほしかったと思う。この家の生活感のうすさの前で、暁永の頼もしさと言ったら。
 暁永は「悪いな」と悪びれずに言った。
「まあ、おれさ、ほんっとに大学の研究が楽しいんだ。実家はすぐそこだけど研究にばっかり夢中になっちまうバカでさ。F大って言っても施設はN県にあるから主にそっちだし、状況によっちゃ海外まで行くからな。……ま、綾のことよく見てやってよ。あいつは、身体が薄いからすぐ風邪をひく」
「……」
「めしの作り方、教えてやるよ。とりあえず今日たまごの割り方知れて良かったな」
 一緒に食器を下げて洗い、暁永は小一時間ばかり仮眠を取った。本当に慣れた家であるらしい。それから綾の様子をもう一度みて、透馬にもこれからの指示を出してくれた。ホームドクターの連絡先、タクシー会社の番号、看病の仕方、食事の温め直し方。
 泊まってはゆかずに、帰宅(N県にだ)するという。帰り際に「そういえば」と透馬を振り向いた。
「おまえの姉ちゃん、わかるか」
 姉のことはよく知らないが、いる、という話だけ知っている。確か十歳離れていて、青井の父親がごくまれに呼び出しているようだと聞いたことはある。
「まあ、姉ちゃんって言っても腹違いのな」
「それは、知ってるけど」
「あれ、いまうちの大学にいるぞ。同じ研究室でな、いま院生」
「――えっ」
「会ったことないか?」
「ない」会おうとも思ったことがなかった。
「今度会わせてやるな。多分おまえたちは仲良くなるぜ」
 透馬の頭をぽんぽんと叩いて暁永は去っていった。大人の男に頭を撫でられたのに嫌悪感がない。青井とはまったく違う温かみだった。



← 61
→ 63






拍手[46回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501