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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 好きに食べろと言われても、困る。それに綾の容体も心配だった。本当にどうしよう、と途方に暮れていると外から車のエンジン音がした。それは家のすぐ傍までやって来て、唐突に止まる。
 すぐに玄関をがらがらと開けながら「こんにちはー」と声が響いた。透馬が玄関へ向かうより先に家の中へ侵入してくる気配があった。誰だと慌てて廊下へ飛び出すと、綾と同い年ぐらいの背の高い男がこちらへ向かって来た。「お」
「ニューフェイスがいる。そっかおまえ、誓子の息子、だっけ」
 誓子、というとまさしく母の名前である。怪訝な顔で「どちらさまですか」と訊ねると男は快活に笑い、手に提げていたビニール袋を透馬に寄越した。
「押しかけ女房」
「は?」
「綾の幼馴染だよ。綾、いる?」
 リョウ。呼び方が自然で耳にあまかった。あまいのがくすぐったい。いつも「伯父さん」と呼んでいるし、祖父も綾のことを滅多に名前では呼ばない。男の気迫に押されつつ「風邪で寝ています」と答えると、男は「どんぴしゃ」となぜだか嬉しそうな顔をした。
「あいつ、なんとなく風邪でも引いてる気がしてたんだよな」
「……気がする、もんなんですか。風邪ひきって」
「経験と勘。おれのは当たる」
 さっぱり要領を得ない。男は知った風に家の中を歩き、綾の自室の襖を引いて入り込んでしまった。
 中をそっと窺う。綾は布団に潜ってひどい咳をしていた。その枕元に膝を付き、男は綾を覗き込んでいる。
「暁永、」ひどい声で綾は呟いた。
「……いつ帰って来たんだ」
「一昨日、だな。それ、いつから?」
「……さあ、一週間ぐらい。……今日医者に行ったから、」
 そこでまたげほげほと咳く。痛々しかった。男は綾から風邪の症状や医者の見立てをあらかた聞き出すと、部屋をすたすたと出てゆく。
 どうしてよいのか分からないので、透馬も男の後についた。
「あいつさ、咳だけひでえの?」台所で、鍋に水を張りながら男が透馬に尋ねる。
「……よく分かんないけど、多分。熱はあんまりって」
「肺に来てなきゃいいけどな。ああいう風になったら早めに医者連れてけよ……っておまえの歳じゃ、自力じゃまだ無理だな。隣頼れよ。隣のおばあちゃんな、顔はおっさんみてえだけど面倒見いいから」
 男三人いて餓死や凍死とか、いまの状況だとあり得るな、と男が呟く。確かにその通りで、ぞっとした。
「あの……」
 男の名が分からなくて戸惑う。気配を察したのか男は「柄沢暁永」(からさわあきなが)とフルネームを名乗った。
「綾の幼馴染で、いまF大の研究施設で働いてる。植物学が専門でさ、老木見たり新種の花探しに行ったりで、まああちこちしてる。あんまりこっちにはいないけど、たまにこうやって来るからよろしくな」
 勝手な言い分だったが、今日ばかりは頼りになる存在に思えた。
「からさわ、さん」
「暁永でいいぜ。おまえ、名前は?」
「……透馬、です。青井透馬、」
「いい響きの名前だな。おっしゃ、透馬」
 暁永は振り向き、透馬の背中をぐいっと引っ張った。
「料理できるか」
「……できない」
「じゃあ教えてやるから、覚えろよ。今日みたいなことになっても食いっぱぐれないようにな」
 座卓に置いたビニール袋から玉子とねぎを出すように言われた。他にもパックの白米やりんご、缶詰に鶏肉と色々と食材が詰め込まれている。
「玉子、割って溶いて」
「割る、ってこれを?」
「まさか割り方知らない?」
 どんだけめし作んねえんだよ、と暁永は笑った。怒るではなく、笑う。
 暁永も手に玉子をひとつ取り、台所のステンレスに軽やかに打ち付け、片手でボウルに割り入れる。
「こういう風に角っこで叩いて」
「あ、」同じように叩いたつもりでも、ぐしゃ、と手の内で玉子は割れてしまった。手がべたべたになる。
「強すぎたな。中潰れたっていいから割って、ふたつ。殻は取り出せばいいから」
 言われた通りに割った。一つ目の中身はやっぱり潰れ、それでも二つ目は綺麗に割ることが出来た。そこから先は暁永が引き受けた。カラザを箸で取り除き、玉子をボウルの中で混ぜ込み、塩コショウをする。魔法でもかけているかのような手つきだった。出汁を入れた鍋に流して、味見をし、また塩コショウで味を調える。
「風邪だから生姜も入れてあるけど、なくてもいい。他にもごま油足すと風味が出る。ほら」
 そうやって出てきた玉子スープは、とても優しい味がした。腹を満たすだけでなく、身体の細胞の核へと染みてゆくような。
「――美味い」
「次は作れるな、透馬」
「え、」
「ほかにもいろいろと伝授していくから覚えろよ。――綾に食わせてやってくれ」
 最後の台詞はなんだか心細かった。
 綾にはスープだけを持参し、しばらくして暁永は戻って来て、今度は別の料理を始めた。鶏肉を甘辛く照り焼きにし、青菜をおひたしにして添えて、スープと一緒に夕飯にしてくれた。「おれ流親子セット」と満足そうに微笑み、透馬の向かいに座って自分も箸をつける。
 つい一時間前まで顔も知らなかった人とこうして一緒に食事をしているのは、奇妙な感じだ。押しかけ女房、とはじめに言ったが本当にそうだ。


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マリさま(拍手コメント)
はじめまして。お返事遅くなって申し訳ありません。留守をしておりました。

お話気に入ってくださって嬉しいです。第2部は瑛佑くん不在、というじりじりする(そしてただひたすら寒い)お話なのですが、続く第3部と合わせて少しでも感動をお届け出来たらと思っております。そして、冬の静かな気配を少しでも反映出来たらいいな、と。
透馬くんにどういう過去があって現在であるのか、瑛佑くんとはどうなっちゃうのか。どうぞ最後までお付き合いください。

拍手・コメントありがとうございました。またぜひw
粟津原栗子 2014/01/15(Wed)13:00:42 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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