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 真城の家は青井の家ほどではないが大きい。曽祖父は地元の名士だったと言うし、今はほぼ病院暮らしの祖父はかつて教師で、地元の教育長から市議員まで勤め上げた人物だった。だが息子である綾は跡継ぎには興味がないらしく、三十五歳の現在でも未だに独身である。筆耕家として、現在は家の離れで教室をひらく他に個人から舞い込む仕事、カルチャースクールの講師等を務める。大体は家にいるのだが、掃除・洗濯はまめにしても食事は一切作らない。
 じゃあどうしてんの、と柿内が訊いた。週のほとんどが弁当屋の弁当か惣菜だと話すと、柿内は「それ大丈夫なんか?」と顔をしかめた。
「しょうがねえよ、母親とかばあちゃんとか女手いないとそうなるもんじゃねえの」
「ま、羨ましいっちゃ羨ましいよ。うち女ばっかりだから」
「何人?」
「おふくろだろ、姉貴と妹だろ、ばあちゃんにひいばあちゃんもいるし。女だけで五人」
 そりゃすごい。兄弟構成だけなら透馬も同じだが、母親の違う姉とは顔を合わせたことがないし、現在は不登校から脱却を図ってこの有様だ。女だらけの家というのが今では新鮮で、「すげーな」と頷いていたら柿内は「うち来る?」と訊いた。
「うち来てめし食う? 青井来るって言うなら、おふくろ張り切って揚げ物でも作ってくれるかもしんない」
「なに柿内、揚げ物好きなの」笑いながら訊ねる。
「嫌いな男いないっしょ」
 確かに。
 綾に訊けばあっさりとOKだったので、その週末は柿内の家に出かけた。あらかじめ伝えておいたせいか、ものすごい量の家庭料理が出てきた。柿内のリクエスト通りにフライやら天ぷら、野菜も食べなさいと言って大量の千切りキャベツに味噌汁、漬物。柿内の一家は揃うと八人の大所帯で、学校給食以外の場でこんなに人数を囲んで食べたことはなく、そわそわした。賑やかでやかましくて暖かで、嬉しかったのだ。
 そのまま柿内の家に泊まった。友達の家に泊まりに行くのもはじめてだと話すと、柿内は「まじで?」と驚いた声をあげた。
「まじ。っつかあんまり仲いい友達とか、いなかったし」
「青井ってハニーフェイスだしぶっちゃけ女子にもてるじゃん。はじめ馴染まなかったのは都会から来たせいかと思ってたけど、元がドライなわけ?」
「いや、ドライってかな。おれ、学校行ってなかったし」
「ふうん、」
 そっけなく言って、柿内は髪をタオルでがしがしと拭う。先程、一緒に風呂もつかった。「みんな順番待ってるんだから二人で入っちゃいなさい」と柿内母にまくし立てられたからだが、これも初めての経験だった。のっぽの柿内には陰毛もわき毛も揃っていたので、比較すれば成長の遅い自分を恥ずかしく思ったり、柿内すげえなと思ったりで、透馬は忙しかった。
「ま、学校っていつも嫌なもんだよな」
 透馬の不登校に関して、柿内は深く追求はしてこなかった。ドライなのはおそらく柿内の方ではないか、と思う。柿内のこういう大人びたところが、透馬にはちょうど良いとも感じている。
 柿内の部屋で、柿内と一緒に眠る。林間学校ってこんな感じだったな、とかろうじて不登校前に参加した学校行事を思い出し、同時に今までいた場所の不快さを思う。あそこにいなくて良かったのかもしれない。なにもない田舎だが、心地よさを感じ始めていた。
 それにしても柿内母の作る料理は美味かった、と夕飯を反芻する。
 聞けば料理教室で講師の手伝いをするほどの腕前だと言う。柿内の祖母も料理上手であり、彼女が漬けたという大根とかぶの漬物は妙に白米に合って美味しかった。こういうのは、真城の家では出てこない。明日からまた弁当だと思うと惜しい気持ちがあった。なんとかならねえかな。
 いま、真城綾は風邪をひいている。ここ数日ほど咳と微熱が続いているようで、ごほごほと重く嫌な咳をしながらずっとマスク姿で行動している。元々が肉の薄い、痩せた体の男だ。北風なんか吹いたら飛ばされちまうんじゃねえのと思っていたが案の定だった。
 最近はろくにものを食べていないのも知っている。あれ、どうにかしないと、と透馬は考える。だがスーパーへ寄りたくても車がなければ行きにくいし、そもそも何どう買って行くべきかも分からない。おかゆとか? あれ売ってるの? 作れるの?
 柿内母になにか教わっておけば良かったと思いながら翌日夕方に帰宅すると、居間の座卓に一枚のメモと五百円玉が置かれていた。「今日の夕飯は好きに食べるように。寝ています。綾」とお手本そのものの字でメモ書きが残されていた。綾の寝ている部屋は居間の隣であり、壁の向こうから重たい咳の音が聞こえた。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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