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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 ネコは、すぐ綾に見つかってひどく叱られた。それでもめげず「飼いたい」と言い続け、ついに綾が折れた。拾って来たものは仕方がないじゃないか、と祖父が快活に笑ってくれたおかげでもある。
 正式に真城の家の子となった証に、名前を付けた。縞々だから「シマ」と呼ぶと、綾は「安易だろう」と口元を緩めて息を吐いた。
 いま、笑ったのか? はじめて聞いた感情の吐息に、あたたかみを感じた。
「じゃあ、なんかいい名前、ある?」おそるおそる訊ねてみる。
「いや、おもいつかない」
「なんだよ」
 じゃあやっぱりシマだ。飼い猫には首輪をつけるものという思い込みがあって、なんとなく母親の少女時代の部屋にあった黄色いリボンをつけてみたが、シマは嫌がってすぐに取ってしまった。だったらいいかと放っておく。今のところ夜中まで子猫のトイレとごはんがうるさくて、そんな余裕がない。
 だが日々の生活は楽しくなった。ほぼ在宅で仕事をしている綾が、嫌がるかと思ったのに案外真面目に面倒を引き受けてくれた。次第に大きく重くなり家に慣れてきた子猫は、あちこちを駆け回るようになった。「青井くんのところに子猫がいる」というきっかけで、クラスメイトが数人遊びにも来た。そのうちの一人、せいたかのっぽでバレー部の柿内と喋るようになり、なんとなく一緒に過ごすようにもなった。
 ネコを飼い出してみたらいいこと尽くめだった。やっぱりあの時、拾って良かったと思う。シマ、シマ、としきりに可愛がっていたネコだったのに、シマはあっけなく死んでしまった。春間近、透馬の登校の際にぱっと外へ飛び出して、そのまま車道へ駆け出し、車に轢かれた。あっという間の出来事だった。
「――シマ!!」
 透馬の叫び声を聞きつけた綾が家から出てきた。子猫を轢いた車の持ち主が慌てて路肩に駐車し、青くなりながら透馬に近寄る。轢かれた子猫は首の方向がおかしく、透馬は情けないことに触れなかった。そこへ綾がさっと手を伸ばす。抱く、というよりは拾い上げる、に近かった。
 透馬を見て、静かに首を横に振った。まさか、うそだ、と呟いている透馬の手に、綾は子猫を持たせた。
 まだあたたかく、しかしずしりと重たかった。ゴム毬みたいにばねのあってしなやかに跳ねるはずの身体は、動かない。
「病院へ連れて行こうよ」透馬は必死で訴えた。
「だめだ。もう死んでいる」
「そんなの分かんないじゃないか」
「首の骨が折れている。おそらく内臓も。だめなんだ、透馬」
「分かんないじゃないか!」
 混乱のまま叫んだが、透馬にも回復は絶望的だと分かっていた。
 綾の手が、透馬の頭上に伸びる。
 透馬は思わずびくりと身体をひきつらせた。大人の男の大きな手が上にあれば、ろくなことはない。父親は透馬に触りもしなかったが、怒ると身振り手振りが大きくなる癖があり、それが嫌だったことを思い出す。
 身構える透馬の肩に、綾はそっと手を置いた。それは優しく穏やかで、敵意のなさを示していた。透馬の身体を学生服の上から擦りながら、うろたえっぱなしの車の運転手に「お騒がせして申し訳ない」と頭を下げた。
「いえ、ただ、いきなり飛び出してきたのでブレーキが間に合わなくて…」
「仕方のないことなんです。むしろこちらの不注意で、嫌な思いをさせたね」
「いえ……本当にごめんなさい」
「どうか今日のことはあまり気に病まずに。これから出勤でしょう、お気をつけて」
 綾はスマートに対応し、運転手を行かせた。そして透馬を振り返り、「庭に埋めてあげよう」と静かに言った。
「あのお嬢さん、隣の地区の田山さんの娘さんだ。免許取り立てでまだ運転が危なっかしい。いきなりネコが飛び出されたら、パニックになるだろうな」
 運転手をかばう言い方に腹が立った。たった今、かわいがっていたものを失った悲しみをそんなことで慰められるとでも思っているのだろうか。「仕方なくなんかない!」と怒ると、綾は口元を引き結んで黙った。
 雪と連日の低温のせいで土が凍り、なかなか穴が掘れない。綾がタオルを持ってきて子猫をそれで包んだ。連れて来た時からずっと、ゲージに入れてある子猫お気に入りのタオルだ。
「昼間、土が緩んだらぼくがやっておく。手を洗って、学校へ行きなさい」
「……いい、おれやりたい」
 学校へ行け、と叱られるだろうか。予想に反して綾は静かに頷き、「ひとまず家に入ろう」と透馬を中へ促した。
 この時はじめて、綾は透馬にあたたかい飲み物を入れてくれた。この家は基本的に自炊をしない。米だけ炊いてあとは出来合いの総菜を買ってくるか弁当を買うかで、誰も料理はしない。だから透馬はてっきり、綾は料理が出来ないのだと思い込んでいた。
 とろりとやわらかくあまいココアだ。この家にこんなものあったのか、と透馬は驚きながらもそれを口にする。
 ココアを飲んで、凍みついていた心がほろっと融けた。つんと鼻の奥が痛くなり、目からぽろぽろと涙がこぼれる。泣きたくはなかったが、泣けて仕方なかった。ああもうあいついないんだな。そこら辺をころころ跳ね飛んでいた身体は、つめたくなってしまった。
 いないんだ、あんなに可愛かったのに。懐いて、こたつにあたる透馬の膝の上で眠るのが好きだったのに。
 嗚咽を漏らしながら一通り泣いて、泣き止む頃には眠くなった。離れで仕事をしている綾をそっと窺う。今までは邪魔するなと叱られそうで入ったこともなかった。
 部屋の中で、綾はなにかを筆で書いている真っ最中だった。筆耕、という仕事がどういう仕事なのかはよく分からない。襖から顔を覗かせた透馬をちらりと見て、「なに」と紙から顔を上げずに言った。
「……今日、学校行かなくても、いい?」
 綾は筆を丁寧に筆置きに乗せてからこちらを向いた。
「明日は行きなさい」
「うん」
「おやすみ、透馬」
 泣いて眠くなっていたことはお見通しだったらしい。おやすみなさい、とちいさく返して、透馬は扉を閉めた。


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nさま(拍手コメント)
いつもありがとうございますw
予定していたよりも早く準備が出来、冬のお話なので冬のうちに更新しちゃいたい…!という思いがあって早めの更新となりました。おつきあいくださいね。
16年目ですかー。長いですね。大事にされていると分かってこちらも嬉しくなってしまいました。
このシーンを書くとき、私自身も子猫を亡くした経験と重ねました。冒頭から寒々しくて悲しいお話ですが、本日の更新はもう少し…?ですかね(笑)
綾さんの人柄は少しずつ明かしてゆく予定です。どうぞお楽しみに。

拍手・コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2014/01/12(Sun)08:42:21 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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