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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 夏休み終了後は、しばらく透馬に会えなかった。会えない時間を、瑛佑は焦れて過ごした。いつものように家に来ればいいのにと、大学の後期授業が始まるから忙しい、という透馬の言葉にため息をつく。
 恋しくなっていると自分でも実感した。透馬の顔が見たかったり、声が聞きたかったりする。頬に触れてみたいと思う瞬間がある。ささやかなメールのやり取りを幸福に思い、いややっぱ会いてえな、と胸を痛めたりする。
 そして同時に、先日の違和感を思う。瑛佑の告白に見せた透馬の戸惑い。あれの理由がなんなのか知りたかった。
 透馬に会う前に有崎と会った。
 どうしてこう透馬と関連する奴らは瑛佑の職場へやって来るのだろう。有崎もまた透馬や新花と同じく唐突に職場へやって来て、「噂の梅原さん」と瑛佑を見るなり厭味な笑顔をつくった。瑛佑は休憩中で、わざわざ呼び出されてみれば有崎。勤務中に堂々と私的な話をされても困るので場所を改めようとすると、「大して用があるわけじゃない」と言って背後をちらりと見た。披露宴の途中の透馬みたいに、若い男をひとり連れてきていた。
 話をしたことはなくても顔は知っているし、噂も聞いている。男とセックスすんのが好きな人、と透馬が言っていた。背後に立っている透馬よりもいくつか若そうな華奢な男は、もう有崎の「それ」としか見えなかった。ラブホテルと間違えているんじゃないだろうか、という風に「ホテルに用があるんだ」と瑛佑の目の前でカードキーをかざして見せる。同僚が案内したらしい、Kホテル自慢のスイートルームのナンバーが記されていた。
 ホテルマンとしての瑛佑に用件がないのならば、いっそう腹立たしい。若い男を連れて瑛佑に一体なんの用があると言うのだろう。「どのようなご用件でしょうか」と表向きは丁寧に発言したが、不機嫌のせいで声は低かった。有崎が高く笑う。気に障る笑い声だ。
「透馬とよろしくやってんの、きみだろ」
 よろしく、という言い方が気に食わなかったので黙っている。
「あいつとうまくいくと思う?」
「それは、私と透馬のあいだの話です」
「くず、できそこない、最低、不肖の息子。あいつにつけられたレッテルは、でもあいつのせいさ。梅原さんにひとつ教えといてやろうと思って」
 にやにやと笑いながらあえて声を潜めて「本当の敵は別にいる」と有崎は言った。
 本当の敵?
 有崎を見ると、笑っているくせに目だけはうすら寒く、整っている顔立ちが余計に気味悪かった。
「どんなにあいつとうまくやろうたって、あいつの本心は別にあるのさ。おれたちはいつも裏切られている」
 そう言って踵を返し、男と連れ立ってエレベーターへと歩いて行った。「おれたちはいつも裏切られている」の台詞が強烈で、口の中でちいさくそれを復唱した。先日の件がなければ気にも留めなかったかもしれない。透馬の戸惑いが、瑛佑の中でわだかまる。

 透馬との時間がようやく重なったのは、十月がそろそろ終わるという頃だった。台風の季節が過ぎ、秋晴れの天気の続く気持ちの良い午後だ。「久々、」と笑った透馬は髪が少し伸び、痩せたようだった。笑顔が頼りない。有崎の台詞を思い出し、いったいなにを抱え込んでいるんだと口の奥に苦味を感じた。
 瑛佑の部屋へ透馬が食事を作りにやって来て、いつものように夕飯を食べる。今夜はいつか日野洋食亭の料理教室で教わったという豆乳のシチューだった。缶詰の豆がたっぷり入っている。ホテルのフレンチレストランで出しているパンを分けてもらっていたので、それと合わせて食べる。お代わりをするぐらいに美味かった。
 一方で透馬の方は食があまり進んでいない。なにやらぼうっと考え事に浸っている様子だ。目の前でここまで意識を遠くに飛ばされていると、心配を通り越して不安だ。試しにシチューをすくったスプーンを透馬の目の前に突き付けてやると、数秒かかって、透馬は「わ、」と瑛佑を見た。
「ほら、美味いよ」
「……ん、」
 口元へ運ぶと、大人しく口に含んだ。飲みこんでから「さすがおれですよね」と軽口を口にしてくれて、ほっとした。
「透馬、あのさ。なにかあるだろ」
「……いえ、」
「ちゃんと食って、眠れてる?」
「……」
「なんかこの間から――」
 瞬間、電話が鳴った。瑛佑の携帯電話で、秀実からだった。出る必要性を感じなかったのだが、透馬が「いいから」と言うので出た。内容は、彼女に改めてプロポーズをしたので今度実家に報告に行くから家族でめしでも、ということだった。
 五分で切らすつもりが長くなり、通話を終えると二十四分三十秒、の文字が画面に現れた。透馬は手持ち無沙汰に適当な雑誌をめくっていた。
「――悪い、秀実から」
「……ヒデくん、元気ですか?」
「元気。結婚するんだって」
「え、それは知らない展開」
 透馬の話を聞くつもりで話題が逸れた。秀実は大柄で胸筋があるからタキシードが似合いそうだとか、これからバタバタするんじゃないですか、とか。話しているうちに十一時をまわり、泊まっていけばいいのに透馬は「帰ります」と言った。家出するほど嫌う家に、帰ると。
 正直、透馬は泊まっていくのだと思い込んでいた。「明日の朝早いんですよ」と透馬は言う。瑛佑の頭の中では有崎の台詞がなんども蘇ってはエコーする。「おれたちはいつも」。
 駅まで一緒に歩いた。本当は途中で引き返して連れて帰りたかった。駅の西口で改めてこちらを振り向いた透馬は、「じゃあ」と言う前に意外なことを口にした。
「……たとえばおれ、Fへ帰りたいって言ったら、どうします?」
 どうする、とは。
「Fで、暮らしたいって言ったら?」
「透馬、」
 大事な話ではないのか。驚きつつも慌てて手を引く。
「それは」
「たとえばの話です、すいません。おやすみなさい」
 無理に瑛佑の手をほどいて、透馬は行ってしまった。あっという間に雑踏に飲みこまれて消える。
 透馬の手の感触や、最後の言葉の意味を反芻しながら帰宅すると、飼い猫が丸まっているブランケットの脇に小さな冊子が残されているのを発見した。スケッチブックだ。ひらくと、驚くほど細かい植物の細密画が出てきた。
 鉛筆一本のグレートーンだが、よく描きこまれている。たまに水彩や色鉛筆で着彩が施されていた。繊毛の一本一本まで緻密に描く、神経質な絵。はじめはこれが透馬の絵かと思ったが、よく見ると裏に書きこまれたサインが違った。美しく整った文字で「R. Mashiro」と読める。
 同時に一枚のページに目が留まった。マスキングテープで花が挟まれている。薄紙のような花びらは五枚。ケシの花のように思えるが植物に疎い瑛佑にはあいにくなんの花なのか分からない。干からびて乾いているのに、花弁にはうっすらと青が残っていた。
 アオイ化学の新開発した青い花かと思ったが、それよりもずっと繊細でもろい花だ。アオイ化学が公表している花はバラだのガーベラだのユリだの、とにかく肉厚な花弁の豪奢な花が多い。
 サインに書かれた文字をもう一度見る。真城――夏休みの記憶を引っ張り出す。植物画を描くことを趣味としながら、本業は筆耕をしていた、透馬の伯父。
 なぜここに残されているのか。瑛佑のものではないのだから、透馬の忘れ物には違いなかった。瑛佑に見せようと持ってきたものだったのか、いつも持ち歩いているものなのか、なにも言わずに置いて行ったのか。


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粟津原栗子
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