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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 カーナビゲーションシステムを起動させて、うわこんな道出来たんだ、と口にしながらも透馬は楽しそうだった。透馬の運転する車でまずは滝と崖を見に行き、花もなく紅葉にも早い中途半端な時期の山をそれでも堪能し、下りてからは地元で有名なラーメン店でラーメンを食べた。大汗かいた後は風呂に入る。家に帰りつく前に見かけたガラス細工のミュージアムを覗き、道の駅で特産品を見て実家と秀実、実母へとそれぞれに土産を選び出し、夕方の早い時間に帰宅をした。夕飯はおれが作りますよ、と透馬が提案したからだ。
 結局、それはずいぶんと遅い時間にあとまわしになった。今日は新花がいない、家の鍵も閉まっている、としっかり確認し合ってセックスをした。昨夜眠った部屋で、布団を敷き直して倒れ込んだ。
 目を開けて見える風景がいつもの瑛佑の部屋ではなかったりするから、どうも慣れず、慣れないのが興奮した。ゆらゆらと泣く子をあやすようにゆるやかに抱かれ、それでもしっかり突くべき箇所は突かれ、身体と心とがほどけ蕩けてゆく。透馬がおっかなびっくり、言い代えれば丁寧に、瑛佑に教え込んだ快楽だ。昨日みたいに強引にされるのは好まないが、透馬とのセックスは心の充足感が誰との何よりも勝る、と感じている。
 波が引くように理性が戻ってきて、ふと瑛佑は、畳に残る墨の痕に再び意識が向いた。
「なあ透馬」
「――ん?」透馬は衣類を拾って身に着けているところだった。
「この部屋で習字でもやった?」
「……ああ、この部屋でもたまに字ぃ書いてましたから」
「?」
 近付いて瑛佑と一緒に畳の目に残る黒い点々を覗き込む。
「伯父さん、本業は筆耕者だったんです。ほら、離れ。あそこは伯父さんの作業場」
「――へえ」
 珍しい職業だった。瑛佑の勤め先にもかつては筆耕部門があったが、現在はパソコン入力か、たまの手書きは外部へ完全依頼となっている。
「あ、でもそういうやつですよ。若い頃はホテル勤めしてたんですけど、廃止で失業しちゃって。個人でホテルや催事場や役所からまわってくる依頼を請け負ったり、カルチャースクールの講師やったり。離れでも習字教室ひらいてたし。文房具会社の開発部門からの依頼ってのもあったみたいですよ」
 そこでピンと来た。以前、透馬がホテルの宿泊簿に書いた字の美しさを。あれはここの住人が透馬に手ほどいたものだったのだ。「あ、そうかなるほど」
「だから透馬、字が綺麗なんだな」
「……そうですね、伯父を見ていたし、教えてもらったから」
「そうか」
 やっぱりこの家に来て良かった、といまこの瞬間に思った。ひとり満足しているだけでは透馬が焦れたので、考えながらも口にする。「いまの透馬の由来が見える」
「透馬ってやっぱり、この土地のこの家の人間って感じだな」
「……そう、ですか」
「来てよかったよ」
 この気持ちを、どう伝えればいいだろう。言葉に表せなくて、透馬を引き寄せる。
 はじめは宇宙人だった。社長子息で、男と不倫をして、家出して歩いているという事実だけを聞けばだらしないの一言しか出てこない。でも透馬は決してそうではない。付き合いの中ですぐに感じた違和の理由はここにあったのだ。本当は豊かで、芯が強く、感受性が強い。そのことが嬉しい。愛おしい。透馬という一人の人間が、自分の傍にいてくれて嬉しい。
 ふるえるような純粋な瞳で人を見る理由。綺麗な字を書くこと、どんな時でも背筋が丸まらないこと。人に対して丁寧であることや、裏返せば弱く頼りない触り方しか出来ないこと、すべての諸々がここに由来する。ここに瑛佑を連れてきてくれたことは喜びだ。
「うまく言えない、でも、来てよかった。――透馬が好きだ」
 透馬の身体がびくりと引き攣った。「信じられない」という顔を瑛佑に向ける。
「嘘だ、」
 掠れた声で反論される。べつになんにも嘘はない。そこを疑われても、と妙な気分になる。
「好きだよ」
「本当に?」
 気の抜けた声でそう言ってから、透馬は立ち上がる。「めし作ります」と言って台所へ下がろうとする。成り行きがまったく理解できず、とりあえず瑛佑の告白に喜びを感じての反応ではないと分かる。
 あれ、いま。いまおれは、間違ったことを言ったのか。
 ようやく答えが出せたという気がしていたが、違ったか?
「透馬?」
 背中へ声をかけてもちいさく頷くだけでこちらを見ない。もう一度「透馬」と呼ぶと、ようやく振り向いた。
 ひどい顔をしていた。泣き出しそうな、苦しそうな、淋しそうな。どうしてそんな顔をされるのか分からない。瑛佑の気持ちと透馬の気持ちとが、かみ合わない。
「どうしよう、瑛佑さん」
 ここが痛い、という風に透馬は胸の上を抑えながら言う。
「ちょっと一人にさせてください。めし、用意するから」
「いいけど、……どうしたんだ」
「いや……」
 言葉に出来ないようだった。腕を伸ばし、透馬の手にそっと触れる。あれだけ肌を合わせておいてもうつめたくなっている。透馬の拒絶が伝わってきて、瑛佑は手を放した。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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