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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「そこ座って。悪い、片付いてなくて」
「広い。物がないですね」
「ネコが爪研ぐからさ、家具にこだわるのはやめたんだ」
 ネコを抱いたままトーマは促された椅子に腰かけた。座面と背もたれに深い緑色の帆布を張った、クリ材の椅子だ。大学の頃、卒業する先輩に無理やり買わされたもので、せっかくの帆布はネコの爪痕でささくれだっている。「でもこれいい椅子ですよ」とトーマは褒めた。「フィンランドのメーカーだ。ここの家具、おれは好きです」
 瑛佑の部屋はワンルームで、その代わり広さだけはある。置いてある家具はトーマが座る椅子と背の低い小さなテーブルぐらいで、必需家電を除けばトーマの言う通り物がない。瑛佑自身、インテリアへのこだわりが薄い。人を招くことも少ないので、自分と飼い猫に都合よく作った部屋だ。
 なにか飲むのか、食べるか、と訊いても首を横に振る。構わないでいいというサインを見せたので、トーマのことはひとまず放っておくことにした。備え付けのクローゼットから着替えを取り出し、シャワーを浴びた。
 戻るとトーマも瑛佑が出してやった部屋着に着替え終えていた。キッチンに立ち小鍋に箸を突っ込んでいる。「すいません、勝手に使わせてもらいました」と味見をしながら言った。
「全然構わない。それなに」
「卵スープ。ちょっと腹に入れたくなったんで」
 瑛佑にもカップをひとつくれた。優しいにおいに、急激に腹が鳴った。トーマはほっとしたように笑い、「チャーハンも作ってあげようか」と言った。冷蔵庫の中身と家主の腹具合を考えていたらしい。
 任せる、と言うと得意げに笑って背を向けた。見事な手際だった。瑛佑ひとりだったら朝炊いた白米の温め直しに生卵で終わりそうだったのに、思わぬ拾い物のおかげで作りたてのチャーハンが出てきた。卵とみじん切りにした玉ねぎ、どこで見つけたのか胡麻やサクラエビも入る。
 おれは披露宴で食ってるからいいすよ、とトーマは遠慮したが、結局は一緒に箸をつけた。皿を出すのを億劫がって、ひとつの大皿からそれぞれスプーンですくって食べる。店で食べるぐらいに美味い。特にたまごのスープは、疲れた体に浸みるような味加減だった。
「塩とコショウしか使っていないんすよ」
「でも美味いよ」
「気に入りました?」
「すごく」
 口下手な身としては、言葉にするよりも食べていたい。顔を上げて表情を窺うと、トーマは瑛佑を見て微笑んでいた。いい顔をして笑っているから、気持ちは伝わったと確信する。満足して、食事に戻る。
 食べ終えた頃、トーマが「泊まって行っていいですか?」と確認しなおしたので、もちろんだと頷いた。好きにしていい。明日は秀実のところへ行くかもしれないが来るかと訊ね返すと、トーマは苦笑いした。彼女と鉢合わせると気まずい、という。
「瑛佑さんとヒデくんはあんま似てないですよね」と言った。水を飲みながら、瑛佑はうん、と頷いた。
「兄弟って言っても義理だ。成人した歳に親同士が再婚して、同級生だったのが兄弟になった。同い年だよ」
「へえ、なんかドラマチック」
「秀実が淋しがるから、行き来が多い。ちょっと鬱陶しいんだ」
「確かに仲が良いすよね。おれも兄ちゃんいたらって想像するけど、そこまでになるかなあ」
 トーマも水を飲み、遠い顔をした。「兄弟いる?」と訊くと、トーマは微妙な顔で笑う。
「います、姉と妹。でも姉とは歳離れてるし、母さん違うし、滅多に見ない。…今日の式にも来てなかったな、」
「……?」
「あ、……今日は、妹の結婚式、」
 その一言で事情が呑み込めた。思わず顔を上げると、トーマは大きく息を吐きながら「そううなんです」と言う。
「おれの親父はアオイのトップで、つまりおれは、社長子息ってやつ。でもおれはこの通り親の過干渉が嫌で家出してるし、実妹の結婚式の最中に男と寝るようなだらしなさで、ろくでなし。跡継ぎは放り投げて妹に押し付けてさ」
「放り投げる、ってほど簡単に言える事柄じゃないだろう」
 アオイ化学工業で働く人も働きたい人も多いだろう。そのトップの息子とあれば、周囲からかかるプレッシャーは並ではなかったはずだ。
 瑛佑の言葉にトーマは黙った。ぎこちないまま、ネコを撫でている。なにか言いたげなくせに口をつぐんでいる。あひるのくちばしのようにむっと突き出た唇が子どもっぽくて、二十代後半でもそんなもんかと思った。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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