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 ゆっくりとこちらを振り向いた透馬は、ぼんやりとした口ぶりで「おもしろかった」と答えた。放心している。うん、と軽く頷き返す。確かに面白く、身体の中で余韻がわんわんと反響している。
 瑛佑の視線から逃れるようにうつむき、そのまま肩に頭をもたせてきた。もう一度「おもしろかった」と言い、「でも失敗しました」と言う。
「もっとつまんない映画だと思ってました。ストーリーがなくて、役者も映えなくて。……それでつまんねーって、瑛佑さんとなんとなくいちゃいちゃする予定だったのに、夢中になっちゃったじゃないすか」
 なんて言い分だろう。思わず「ばか」と笑った。
 目論見外れてすっかり映画に心奪われ、瑛佑に触れているくせに脱力している。それがかわいい。後ろから腕を回し、透馬の頭を撫でた。
「寝ようか」
「……」
 間に、多分いまがっかりしたことが分かる。微笑ましい気持ちになる。
「――キス、する?」
「する」
 肩から顔を持ち上げて、片側の手が瑛佑の頬に伸びる。はじめは挨拶みたいに触れてくるだけで、一度離れて、二度目に少しずつ踏み込んでくる。土足ではなく、靴を脱いできちんと揃えて「おじゃまします」とでも言いたげに、他人行儀に。
 徐々に深くなり、透馬の体重がこちらへかかってきたので後ろ手を突いた。透馬はすっかり瑛佑の両頬を手で包みこんで、角度を変えてより奥へ舌を伸ばしてくる。息継ぎをするために離れた時、ぴゅちゅ、と水音がした。音で、疼いた。下半身が少し膨らんだが、無視をする。
 透馬の眼鏡が当たるのが気になって、身体を離した。眼鏡を外してやろうかとも思ったけれど、やめてそのまま後ろへひっくり返った。疼いているのを知られるのが、なんだか恥ずかしくもあった。気付いたか気付いていないのか、透馬は離れてゆく瑛佑をぼうっと見つめ、それからいつものように心臓の真上に頭を置いた。
 天井の蛍光灯をひときわ眩しく感じた。瑛佑の胸で丸くなっている生き物の、髪を撫でる。サイズなら大きな犬に例えられるのに、性格は本当にネコのようで、喉でも鳴らしそうだ。
「――あと五日で誕生日来るんだけど、なにほしい?」
 訊ねると、透馬はがばりと身体を起こした。
「まじでくれんですか?」
 約束したくせに。ちいさく微笑んで頷くと、透馬は「うわ、」とつられて笑った。
「でも、瑛佑さんの誕生日なんですからね」
 と、透馬はきっぱりと言った。
「瑛佑さんの誕生日プレゼントになるようなことじゃないとダメなんです。おれにプレゼントするイベントじゃあないです」
「難しいんだな」
「自分にとって嬉しい日だったらいいんです。一年がんばって生き延びた自分にご褒美と、これからまた一年の英気を養うのと」
 そうやって生きようと思ったことがなかったから、透馬の言葉が知らない言語のように聞こえた。がんばって生き延びた。透馬は一体、なにをこらえて生きているんだろうか。意気込まなきゃつらいなにか。深く暗い森の最奥で絶望を味わった者だけが口にできる、迫力と説得力のある台詞を、普通にこうやって口にする。
「透馬が喜ぶんなら、おれにとっては最高の誕生日になるよ」
 喜ばせたい一心でそう言った。透馬は顔を逸らし、恨みがましく「またそういう人殺しな台詞を」と呟く。
「瑛佑さんって、本当に人が好いっていうか、育ちのいい人ですよね」
「あんまりよく、わかんないけど」
「本当におれになにかプレゼントして誕生日祝いになります?」
 頷くと、透馬は下唇を軽く噛み、それから顔を上げて「デートがしたいです」と言った。
「そんなんでいいのか」
 もっと即物的な別のものを思っていた。それこそ透馬がくれたブランケットみたいに、センスがよくあたたかな心持になれる製品、と。
「王道のやつを一度やってみたかったんです」と透馬は笑った。
「休み合わせて、待ち合わせして、どっか行ったり入ったり? それするために三日も前からそわそわして服選んだり」
「そういう初々しさ、この歳になるとないよな」
「だから、お願いします」
 ためしにどこへ行きたいか尋ねると、しばらく唸ってから「日野くんとこのディナー」と言った。
「いつか夜に一人で行ってみて、あー瑛佑さんと来てえ、って思ったから」
「そっか、いいよ」
「ちゃんと気合いれてめかしこんでくださいよ」
「スーツでも着た方がいいか?」
「スーツかあ。瑛佑さん、きちんとしたの似合うからな…おれの方がだめだったりして」
 そんなはずはないだろう。透馬の方が絶対にお洒落だ。「久々に新しい服でも買うかな」と背後のクローゼットの在庫の薄さを示すと、透馬は至極嬉しそうな顔をした。
 これを見られただけで十分、誕生日のプレゼントは貰えた。
「瑛佑さん、おれが選んでもいいです?」
「いいよ。正直助かる、透馬センスいいもんな」
「……おれに全部くれます?」
 目的語を省いて言われたのでなんのことかよく分からなかったが、なんでもよかったので「ん」と頷いた。
「じゃあ誕生日は、おれが瑛佑さんをすきにする日で」
 はじめの趣旨とかなり異なっている気がしないでもないが、うん、ともう一度頷いた。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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