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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「雨?」
 気付かなかった。
「うん。ちょっと降って来た」
 ビニール袋を手早くキッチンに置くと、近寄ってきて頬をまず触られた。それから首筋を、額を。透馬の手がひんやりとつめたくて、思わず身体を竦めた。
「――大丈夫だって」身体を確かめられていると分かっていたが、透馬の状況がそうだと、伝えたかった。
「なら、良かった」
 そう言って、ぎゅうっと抱きしめられた。透馬の力の込め具合に応じて、ゆるく息を吐いてゆく。身体から力が抜けてくたりと合わさる。女と抱き合った時のようにずぶずぶとめり込む感覚はないが、当たる張った肌や骨の硬さもいい。透馬の肩に残っていた雨粒が頬に触れて、気持ちが良かった。
 よし今日は水炊きにしますから。と、宣言した透馬と目が合って、額同士を合わせたまま少し話をした。透馬は元気で、大型連休中に少し旅に出てみた、と言う。
「どこ?」
「F県。友達と会って来ました」
「そんなところに友達いるのか」
「ていうかおれ、中学から大学まであっちだったから、友達は主にあっちにばっか」
 それは知らなかった。ずっとこちらだと思い込んでいた。意外だ。
「根っからの家出少年。中一までこっちの私立校通ってたんすけど、その頃からもう親父とはだめでさ。学校も行けなくなっちゃって、母親の実家に預けられてたんですよ、ずっと」
「それがF県」
「そう、F県。なんにもない田舎だけど、なんにもないのがいいとこですよ」
「山も海もあるじゃん。雪も降るんだっけ」
 過去にホテルの利用客でF県から来たと言う老年の夫婦と話をしたことを思い出した。ここまで出てくるのに接続が大変でようやくたどり着いた、都会は賑わしくて煌びやかで楽しいですね、と方言混じりの言葉で話していた。孫に会いにここまで来たと言い、故郷で撮った写真を瑛佑に見せてくれた。夫婦の住居は全国有数の豪雪地帯にあり、道路わきに高く積もった雪はカーブミラーを見事に追い越していて驚いた記憶がある。
「まー、おれのいたところはそんなに大して雪は降らないですけど、こっちで3㎝積雪しました交通障害です、ってのが笑えるぐらいは、降ります」
「透馬って根っからの都会っ子だと信じ込んでたよ」
「みんなに言われるんすよね。意外って」
 虫も殺せなさそうな育ちの良さあるいは臆病さがちらちらするせいだろうか。瑛佑の心を読んだかのように「虫は平気なんだけどな」と言われて可笑しかった。笑いながらようやく離れ、夕飯の支度に取り掛かる。
 水炊きの中にレタスが入っていたのと、アスパラガスのバター炒めの皿を見て、春だな、と理由もなく思った。桜はとっくに散っていまはバラが咲き始める季節だと言うのに、今更。きちんと下処理された鶏の手羽肉は骨離れがよく、シメの雑炊まできっちりと平らげた。
「どうだったでしょうか」
「美味かったよ」
「この時期にやるにはちょっと暑かったすね」
「うん」
「雑炊、少し味薄かったですか?」
「ちょうど良かったよ」
「次回はカレー作っていいです?」
「ああ、いいな」
 大体、会話は続かず、透馬ばかりが喋ることになるのだが、本人は気にせずよく喋ってくれる。聞いていて瑛佑も楽しい。「煮込むだけで簡単、栄養あるしいいかと思ったけどもう鍋の時期じゃないすよね」とこぼしたのがまるで主婦のようで、また笑えた。
 夕飯後に透馬が持ってきた映画を見た。中国製作の、中国の史実をベースに作られた武侠映画だ。映画祭で高い評価を得たとして少し前に話題になっていたが、瑛佑は見たことがなかった。透馬も同じで、「映画祭特集、ってあって面白そうだったんで」とディスクをセットした。
 さすがに中国語は訳せず、日本語字幕を二人で追った。色彩が鮮やかで台詞が少なく、アクションが凄まじかった。途中、含まれたラブシーンも切なく、物語に花を添えている。映画全体の評価としては見て良かった。
 エンディングクレジットの際の、真っ黒な空白の時間に少しずつ心が元へ戻ってくる。隣を見ると、まだ熱心に画面を見つめている透馬の横顔に視線が行き届いた。
 黒縁眼鏡の下、睫毛がふるえそうなほど長い。はっきりとした二重と、モニターの光を映す大きな黒目。これであと二年経てば三十歳に届く男だ、と思うと変な感覚だ。現実味が沸かないと言うか、時折、夢みたいにおぼろげな男だと思う。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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