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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 母親は母親で、そのドラマ私も見たわよとか、秀ちゃん相変わらず元気で良かったわとか、野梨子さんには大きなブーケがいいわよとか相槌を打ち、反対に自分のこと、ラジオのハングル語講座はドラマチックを演出しすぎて疲れるとか、今度ミュージカルの公演を見にゆくのだとか、教えている学生のひとりが入学直後に事故に遭って大変だとか、そんな話をした。一方が喋る時はただ黙ってうなずき、ターンがまわればそれを他方が繰り返す。会話というよりも、報告。対面で行うのは珍しいが、悪くなかった。電話と違って母親の口元のしわがくっきりと見え、ああ歳を取ったなと感じた。
「それと瑛佑、」喋り終えた帰り際、母親は予言者のように振り向いた。「あなた忙しいからって無理してるんじゃない? 熱出るよ」
「出るよって」言い切り方で言われるとちょっとたじろぐ。
「声が少し低くて掠れてる。疲れてるとそうなるのよ」
 自分じゃ分からないような違和感を当て、母親はさっさと出て行った。大体、変声期前に別れているからその後の瑛佑の声なんかよくも知らないだろうに。だがこの人が根拠のない適当な発言をしているのを、瑛佑はとりあえず知らない。そしてこの母親の予言は大当たりだった。
 大型連休中は微熱が続いた。大熱が出れば休みを申請するし医者にも行くのに、体温より五分高い程度。仕事は出来る、でも、だるい。喉に違和感もあったが、咳は出なかった。それを五日続けて連休を終えたら、精神的にもほっとしたのかあっけなくダウンした。
 ま、疲労から来る、というやつですよ、と医者にあっさりと言われ、薬をもらって帰り、寝て起きたら身体が軽くなっていた。タイミングがうまく重なって明日の午後まで休めるのがありがたい。風邪は、薬を飲んでからの爽快感がある種麻薬のようだと思う。ドラッグハイ、なんて言わないか。冷蔵庫からペットボトルのスポーツ飲料を取り出し、直接口をつけてがぶがぶと飲み、またベッドへ戻る。
 うつらうつらとしながら、短い夢を見た。
 小さい頃の夢だ。両親が離婚して、母親と離れて暮らすようになってすぐの頃、ひとりが平気な子どもだったのに、瑛佑は無性に一人ぼっちが悲しかった。留守番ぐらい出来る。けれど、父親が帰宅するまでの三時間は絶望的に長くて、つらくて、耐えられないものになった。
 悲しい、淋しい、つらい。ひとりにしないで、おれを見てくれよ。
 きゅうと胸を絞られる感覚、これをどこかで見たような気がする、と夢の中で思っていた。自分のことではなく、誰かのこと。
 トーフが鳴いて目が覚め、ああ透馬、と思い出した。そうだ透馬は、ふと淋しい顔をする。ひどく遠い顔で、はるか向こうを物悲しい眼差しで見ている時がある。あれになにか意味はあるのか、原因は、よく分からない。
 透馬とはもうまる一週間連絡を取っていなかった。
 瑛佑が忙しい、という話は透馬も承知で、メールも一日一通とごく控えめだった。それになにも返信していない。携帯電話を手の中で持て余しながら、どうしようかと考える。今日は平日、透馬は仕事。明日は休日。ならば夕方、来いと言えるか?
 迷っていると電話が鳴って驚いた。青井透馬、と着信を見て心臓が再度高鳴る。電話に出るとき、思ったよりも声が低くなってしまった。透馬は「元気でした?」と控えめに聞いて来た。
「――元気、じゃなかった。昼ぐらいまで」
「え、」電話の向こうで透馬が黙る。
「疲れたまって熱出した。微熱続きで、今日ぶあーっと上がって寝て起きたら下がってて、要するに、身体は休みたかったらしいよ」
「大丈夫なんすかそれ? いまは? 平気?」
「平気。透馬、これから来いよ」
 傍にいさせたくてそう言った。行く、と勢いよく返事があった。一時間ぐらいしてやって来た透馬は両手にビニール袋を提げていて、肩先を雨粒で濡らしていた。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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