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その週末、透馬が部屋にやって来た。瑛佑は仕事だったが、「トーフ撫でたい」と言う。早朝、瑛佑の出勤間際にやって来て、今日いちにち部屋にいていいかと訊かれた。構わない、と答えるととても嬉しそうな顔をして、夕飯は任せといてよと言って送り出される。あれか、夏人の言っていた「気合いれためし」が出てくるのか。楽しみでもあり、やっぱりちょっと恥ずかしかった。
透馬がそうであろうとしているのか、言ってしまえば「便利」だった。瑛佑のいない週末でも飼い猫と留守番をしてくれていて、洗濯も掃除もやらんでいいと言うのに「楽しいから」と言ってやってくれる。帰宅すると風呂が沸いていてめしが炊けている。ありがたい、よりは便利。無理しているんじゃないかと申し訳なさが先立ち、帰宅後、せめて夕食の食器洗いは引き受けて、風呂から上がった透馬に訊いた。「がんばりすぎてないか?」
「いやだって、頑張るしかないんですよ、おれは」髪をがしがしと拭きながら、透馬はあっさりと言った。
「瑛佑さん、おれと付き合ってくれてるけど、好きだーって気持ちよりは同情? の方が大きそうだから。なんとか頑張って、おれの魅力に惚れていただかないと」
そこには少々の気後れがあることは確かだ。だが「恋愛」と「便利」はイコールにならない。特にいまの状況では。
「……でもさ、それと、おれの生活のあれこれを透馬が引き受けるのとでは違うよ」
「んん、……瑛佑さんが気にするなら、やめます……けど、がんばる、ってところとは別でさ。楽しくてやってんですよ」
「……その楽しいってのさ、なにが楽しい?」
瑛佑の問いに、透馬は「ん?」と微笑んだ。
「瑛佑さん、この服よく着てるよなーって思いながら洗濯すんのも、ふかふかになるまで布団干すのも、合間に瑛佑さんが読んでる雑誌や新聞めくってうわこの人英字読んでるよ、ってびびんのも、全部たのしい」
そう言われると、それでいいのか、と思えた。
「なら、いい。でもあんまり便利になって当たり前になるの嫌だから、ほどほどに手ぇ抜いて」
「はは、了解した。あ、でもめしは手抜きしないで頑張ってていいすか?」
「それは全然。というか、それ一番うれしい」
いよっしゃ、と透馬は笑った。それからふと真顔になり、なったかと思いきや表情をくしゃりと歪め、「おれ、すげー必死で恥ずかしい」とタオルをかぶったまま椅子に沈み込んだ。
傍に寄ると、手を取られた。入浴後なのでしっとりと熱い。
「瑛佑さん、」
「なに」
「好きだよ」
夏人から話を聞いた後だからだろうか、高坂の台詞がわんわんとしているせいだろうか。当人を前に言われるせいだろうか。電話の終わりの「好き」よりもずしりと重たく感じた。
手を取ったまま、瑛佑の腹に頭をぽすっとくっつける。ちょうどいい位置に頭が来たので、透馬の髪をタオルで拭いた。
うう、と透馬が唸った。髪を拭われながら悩ましく唸っているので、なに、と笑ったら「キスがしたい」と言われ、手が止まった。即座に「すいません」と言われ慌てて顔を上げさせた。
「あのさ、だから謝るなよ、それは違うからな」
「……ありがとう」
「うん。いいよ、キス。しよう」
「……うえっ!!?」
「うえっ、て」変な声で呻かれたので、さすがに渋い心持ちになった。
「いや、びっくりしたんで…して、いいんですか」
「ああ、……うん、」
位置からして、瑛佑から顔を下げるしかない。屈み込むように透馬に顔を近付ける。あまりためらいはなかったが、目が開かれたままでやりにくい。吐息が触れ合う距離まで来ると、透馬がびくっと肩をひきつらせた。
みるみる耳まで赤くして、火照りが瑛佑にも感じられるぐらい発熱した。うつったかのように瑛佑も照れた。寸前で二人で顔を赤くして、片や不倫までも経験し終えた大人の男がやるにはあまりにもうぶで、それ以上が出来なくなった。
瑛佑の顔の下で、透馬が「うわっ」と叫んで手で顔を覆い隠してしまった。瑛佑も天井を仰ぐように背中を逸らせ、透馬から一歩引く。一体なんだ、これ。初恋の時だってこんなに照れたりはしなかった。
腹の奥が妙にじくじくとあまく、むず痒い。
心臓を鳴らせながら透馬を見下ろすと、透馬は顔を覆い隠したまま震えている。よく観察すれば笑っていた。やがて声をあげ、「うーわもう、もだえ死ぬ」と言う。
「瑛佑さん、男前すぎてやりにくい」
「ええ? そんな理由か?」透馬が恥ずかしがったポイントがよく理解できないまま、発熱で赤くなった頬を瑛佑も自分で擦った。
「潔すぎ」
「そうか?」
「そうすよ。結論決まると一直線ですよね。こないだだって靴買う時にさ、どっちの色にするか迷って、うわーおれだったらこの場で決めらんないなーと思ったのに、すぱっと『両方ください』ですもん。あれ、すげえなこの人、と思った」
「別にすごかないよ」
「優柔不断のおれには信じられない潔さ」
キスはしないままだったけれど、透馬が楽しそうに笑って話すからこれでよかった、と思った。
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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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