[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
瑛佑は眠れなかったのに透馬はぐっすり寝たようだった。翌日、瑛佑は日勤で透馬が起きるよりも先に家を出た。鍵は封筒に入れてポストに投げておいてくれ、とメモ書きを残し、ふとそこに「昨夜のことは考えさせてくれ」と書くことを考えた。結局は書いていない。言葉に出来なければ文字にも出来ない。なかったことにはしないのだが、唐突すぎて瑛佑に準備が出来ていない。なんと答えたらいいものか。
帰宅すると、冷蔵庫に「煮カツ→ナベ、めし炊けてます」のメモが貼ってあった。メモの通り、炊飯器には新しい白米が、ガス台の上の小鍋には豚カツがふっくらと煮えていた。「泊めてくれてありがとうございました」とも添えられている。こちらこそ帰宅して自分で用意せずとも食事にありつけるのはありがたかった。
透馬の食事は、優しいと思った。はじめて口にしたスープから今日の夕飯まで、人を窺って作っている。こんなめしを作れる奴がどうして不倫なんかしなきゃいけないか、という思考にどうしても陥る。答えの出る不倫なんかないのだろうが、ふと、瑛佑が付き合うと言ったら不倫はやめてくれるのかと思った。
――別に、やめさせたくて付き合うなんて、そこまで自分を差し出すつもりはないのだが。
考えてばかばかしくなって、よく分からなくなって、考えるのをやめた。
透馬の告白に答えられないまま日が経ってしまっている。透馬とはその後もメールのやり取りがあり、二度会ったうちの一度は泊まりに来たのだが、秀実も一緒でなんとなく切り出せず、向こうも特に催促はしてこなかった。そもそも瑛佑は、透馬に対して特別に恋愛感情を抱いていない。恋心には恋心で返すべきだなんて初恋みたいなことは思わないが、ここで瑛佑も透馬のことが好きでたまらなかったとしたらじゃあ付き合いましょうでめでたく円満、それが出来ないから悩んでいるのだな、と自分に苦笑する。
元恋人の披露宴は、結局は出ないことにした。同期の友人に頼んで祝儀だけ渡してもらい、その日は普通に仕事をした。二月真ん中の大安、瑛佑の勤め先でも結婚式があり、ホテル内でぬくぬくと行われた式はのどかで幸福そうだった。寒くても、こんな晴れた日に人生の門出を祝えたら素敵だろうと、出席者の満足げな後ろ姿を見送りながら瑛佑も思った。
たとえばこんな風に笑顔になるのだったらいいんじゃないかと、透馬を想像した。瑛佑といて笑う透馬。そういえば一体どこに惹かれたというのか、それを聞いていない、と今更気付いた。
もういい加減に肚を決めて連絡をしよう、でも、肝心の返事。終業後、どうしようと迷っていると携帯電話に一通メールが入った。透馬からだったので、心臓を突き通されて痛かった。次の休みいつですか、と書かれている。
『日野くんの店、行こうと思っています』
時間帯が良かったので、そのまま電話した。コールに透馬はびっくりしていた。笑いながら「瑛佑さんおつかれさんです」と言う。
「夏人の店、行きたい?」
『はい。行こう行こうと思ってて結局日が過ぎちゃって……大学、春休みに入ったから学生いなくなって、少し時間ゆるくなってて、平日でも休み取れそうなんです』
ああなるほど、と返事をした。シフトで働く瑛佑と土日休みの透馬とでは時間を擦り合わせる方が難しいのだが、瑛佑の休みに合わせられる、ということだ。次の休みなら来週の木曜日だけど、と勤務表を確認して言うと、透馬は「じゃあ木曜日に休み取ります」と言い切った。日野洋食亭の最寄駅に十一時半で約束をして、電話を切る。
二月も終盤でも、ちっとも春めかなかった。むしろ最後まで全力を振り絞って寒くしてやろう、という冬将軍の底意地が見えるような日だ。駅前に現れた透馬は首元を臙脂のマフラーでぐるぐるに巻いていた。頭にはカーキのキャップもかぶっているし、休日のみに着用するセルフレームの眼鏡も相まって、不審者寄りの身なりになっているんです、と自嘲した。
← 26
→ 28
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
03 | 2025/04 | 05 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
27 | 28 | 29 | 30 |