忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「言葉の綾だから。気持ち悪ぃ、すよね。ごめんなさい」
「いや、……」
「……」
 気持ち悪いとは思わなかった。本心だったとしたら、戸惑いの方が大きい。男を相手にする、というよりも透馬を相手にするということに対して、どう振る舞ったら透馬を認めることになるのか。拒絶する案は存在しなかった。
 透馬は「冗談だから忘れて」と念を押して、食器を片付けはじめた。片付けたら、これで今夜はおしまいだろうか。一人で真冬の空の下を歩く透馬を想像して、背中に「今夜泊まっていけよ」と押し付けるように言った。一人にしてはだめだと強く思うのに、距離がうまく埋められない。部屋の気まずさがどうにも解消できない。
 特に話すこともなかったが、透馬は瑛佑の部屋から出て行こうとはしなかった。零時をまわる前に二人とも床に就いた。はじめと同じで透馬がベッドを使い、瑛佑がそのすぐ下に敷いたマットに横たわる。今や透馬にすっかり懐いた飼い猫は、透馬の毛布に潜ってごろごろといつまでも喉を鳴らしている。
 まんじりとも眠れないまま、瑛佑は考えていた。ただセックスがしたいだけで四年も関係を続けている透馬。本当にそれだけなんだろうか。有崎は、透馬の絶対的に落ち窪んでしまったなにかを埋められている存在なのか。透馬は現状を良しとしているのか。
 そんなわけがないだろう、とすぐに思った。満足して充実していたら、あんな顔では笑わない。あんな啖呵は切らない。認めて、と言ったのだ。
 電話が鳴った。透馬の携帯電話だ。頭上で衣擦れがして、透馬が携帯電話に手を伸ばしたのは分かった。相手が誰だかはこれまでの経験から察しが付く。透馬は電話には出ない。瑛佑もそちらを向いた。
「……出ないのか?」
「……」
 透馬がためらっているうちに着信は切れた。そしてまたすぐに鳴り出す。画面を見つめながら、透馬は「困らせたいだけなんですよ」と言った。
「夕方会ったくせに、また来いなんて本気で思ってない。ただ、おれと瑛佑さんが出くわしたところ見られたから……多分今夜はここにいるんだろうって分かってて、嫌がらせ。おれが家に帰りたがらないであちこち泊まり歩いてるのは知ってますから」
「……」
 そうして、仕方がないなという風に透馬は電話に出た。はい、夜中だよ。そうだよ、――うん。むなしい応答が続く。
 起き上がり、毛布の上に投げ出された透馬の手を握った。握って、透馬にはっきりと分かるように首を横に振った。行ってはいけない。透馬は驚いたように瑛佑を見つめ、押し黙り、沈黙の後に電話の相手にはっきりと「行かない」と言って通話を切った。電源も落とした。
 手の中にある手は、どうしていいのか迷っている。振りほどこうとも、もっと強く握ろうとも出来ないでいる指。少し力を込めて、瑛佑は「実は今日、前の恋人から結婚披露宴の招待状が届いて」と切り出した。
 居ずまいを正すように背筋を伸ばし、「はい」と透馬が頷いた。
「はっきり言って落ち込んだ。別にもう思い出は思い出になっていて、思い出して今更どうこうってわけじゃないけど、他の男の隣で笑ってる花嫁姿をおれが見てどうするよ、って思った。行くか行かないか迷ってて……まあそれは自分で決めるからいいんだけど、なんていうか、誰か人と一緒にいたいと思った」
 あれだけ身体をくたくたに疲れさせても、心のどこかにぽかりとあいたさむしさは紛らわせられなかった。
「だから駅前で透馬を見て、悪いけど、淋しそうなところを利用した。まだなんとなく靄がかかっちゃいるけどさ、一人でいるよりは良かった。ありがとう」
 手をもう一度強く握り、じゃあおやすみ、と布団に潜りかける。離した手を再び強く引かれ、毛布をかぶり損なって透馬を見上げる。
「あの、さっきのこと。めし食ってた時のこと。嘘でも冗談でもないです」
 怖がって震えてはいたが、まっすぐ潔く透馬は言った。
「おれ、瑛佑さんが好きです。瑛佑さんが言うようなことは、瑛佑さんとしたい。おれと恋人になってください、お願いします」
 はっきり言い、透馬は頭を下げた。たっぷり十は数えて頭を上げ、突然手を離して「じゃあおやすみなさい」と毛布に潜りこむ。潜りこんだ拍子にトーフを蹴飛ばしたらしく、普段は鳴かないネコが「な」と抗議の声を上げた。
 呆然としていた。
 やっぱり本気だったのか、という思いと、本当に本気? という思いと。恋をされている? と毛布のふくらみを見つめる。透馬は背を向けて横になってしまったので、暗がりの向こうの様子はさっぱり窺えない。
 透馬はどうなのか、瑛佑は眠れなかった。一晩中透馬の告白を考えた。


← 25
→ 27





拍手[64回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501