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 生蟹はすでに殻をむかれていて、後は鍋に放り込めばいいだけになっていた。「三日前の拾いもの」男が上手にやってくれた。他の具材もきちんと包丁が入っている。シイタケの傘に十文字が入っていて、ニンジンが花や松に切り抜かれている。手製のポン酢や大根おろしもある。「凝りだすと止まらないんすよ」と男は笑った。
 鍋を囲みながら、秀実が拾い物の経緯を話してくれた。三日前、煙るような雨だった日、駅前のドラッグストアの軒下でずぶ濡れになっていたトーマを秀実が拾ったという。
「なーんか見たことあるやつが濡れてんなーと思って見てたら、トーマも気付いて『あっ』て」
「知り合いだったのか」
「知り合いっつか、合コンの面子合わせにいたんだよ、先月の」
な、と同意を求め、トーマも苦笑しながら頷いた。超絶淋しがりで人見知りをしない秀実は、彼女がいてもいなくてもしょっちゅうこういう場に出かけていく。全く知らない人間と楽しく酒が飲める性格だ。基本的に一人の行動を好む瑛佑には縁のない世界で、想像すら難しい。
 トーマは数合わせのひとりだったので、名乗っただけで特に話をしたわけではなかった。それにトーマはすぐ帰った。お互いの趣味や特技について語らっている、まだ会の序盤だったのに、トーマの携帯電話が鳴り「用事出来たから」と言ってその場から引き上げてしまった。女子連中のテンションがそれで一気に下がり、合コンは大した収穫もなく終わった。それが一ヶ月前の出来事だ。
 そして三日前に再会した。あまりにも濡れているから、秀実が部屋に連れ帰った。風呂と着替えを貸し、買って来た弁当を二人で食べた。どうして家に帰らないのか、秀実は聞いた。トーマは実家暮らしで、家はSヶ丘にある。Sヶ丘なら、この部屋の最寄駅の沿線上、三〇分ほどで帰れる。
 家出、とトーマは答えた。「実家暮らしって嫌気が差す時、あるでしょう。親の顔が見たくない時がさ」
「おれも淋しがり屋だし、トーマも淋しがり屋だから、すっかり話が合ってさ。帰りたくなるまでここにいていいぞーって言ったの」
「そうか」
 生蟹を鍋でくゆらせながら秀実の話に相槌を打った。瑛佑なら、こういう出会いがしらで誰かと同居なんてパターンはあり得ない。秀実だからこうなる。誰かが傍にいないと落ち着かない男で、淋しいから付き合ってよと、夜中に呼び出され朝まで遊んでやったことも何度もある。
「ただ置いてもらうのも心苦しいからメシと洗濯の係、やってんです」
「料理、得意なんだな」
「そうでもないです。仕込まれたから、やり方を知ってるだけ。自分じゃあんまり作んないすよ」
 そう言いつつも、綺麗に殻の剥かれた蟹は食べやすい。食材に包丁の入れ方を知っているのだから、普段から作っているに違いないのだろう。食は進んで、あっという間に食べ尽くした。シメの雑炊は絶対に美味しいよ、とトーマは最後まで世話をしてくれた。これじゃ秀実はこの同居人を手放せないだろうな、と思う。
 もう一度改めてトーマを眺めてみた。ごくごく平均的な身体、少し痩せ型。声音はハスキーで、快活に笑う。立ち居振る舞いが良い。あぐらをかいていても粗雑にならず周囲をよく見て気遣っている。黒目がちの、優しい顔立ちだ。笑うと人懐こさがさらに増す。こりゃ女も秀実も放っておかないわ、という顔だ。
 目が合うと、瑛佑にも笑顔を向けた。笑ってはみたが、瑛佑が無反応なのできまり悪く頭を掻いた。それを見た秀実が「わるい、こういうやつなんだ」とトーマに弁明する。
 仕事以外の場ではひどく無口で、表情も乏しい。心中じゃあれこれ考えているのに面へ出ない性分を、付き合いの長い秀実が第三者へ説明する機会はこれまで何度もあった。
「顔に出ないし喋んないの。でも冷たいやつじゃないから。多分トーマ見ながらこいついくつだ? って頭ん中で思ってたよ」
 秀実の台詞はその通りで、瑛佑は無言でうんと頷いた。
「そうなんですか? おれ、いくつに見えます?」トーマが瑛佑に訊ね返す。
「二十歳ぐらい」
 笑わせるつもりで適当な数字を答えると、トーマはジョークをきちんと受け取って「そんなわけないでしょ」と明るい声をあげた。「冬生まれなんです。今度の冬で、二十八歳になります」
「三十路だな」と秀実がすかさずからかう。
「えー、こんなにくすみない肌で眩しいのに」
「男にだってお肌の曲がり角はあるんだぜ。おれ曲がったもん、トーマよりちょっと前ぐらいの歳で」
「げ、やめろって」
 秀実とトーマの会話はテンポがいい。お喋りの秀実に喋らせておくと口を挟めず、瑛佑などは黙って会話を聞いてばかりいるのだが、トーマはタイミングをついてはっきり受け答える。聞いているだけで瑛佑も気持ちがいい。
 二人の声や表情を眺めながら、コップに半分だけもらったビールを舐める。瑛佑は、こういう場ではほとんど黙っている。人の話を聞くともなしに聞きながら、ゆっくりと箸を進めるのが好きだ。


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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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