忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


 夕方六時をまわって透馬から「いま駅まで来た」というメールを受け取った。夏人に告げると時計を見てオーブンの準備を始める。十五分ぐらいして「多分近くまで来た」というメール。続いてすぐに電話が鳴った。
『スターヒルマンション五〇三号室、って言いましたよね』
「着いた?」電話に秀実も反応して、瑛佑の隣でうざったいぐらいに耳をそばだてている。
『多分いま、エントランスの前に。これ五〇三って押してピンポン?』
「うん、そう――あ、いま下まで降りるわ」高坂から鍵を借り、部屋を出た。おれも、と言って秀実もついてくる。柳田の息子を肩に乗せたままだ。
 エレベーター内についている鏡を見てふと、高坂と夏人が子どもを本気で欲しがったらこうなるだろうか、と想像した。二歳児とすっかり楽しくなっている秀実の横顔をまじまじと見る。
「――ん、なに?」
「いや、おまえって子どもを肩車するために生まれてきたぐらいそれ似合うな、と思って」
「おれえーすけも肩車出来るよ。後でやろうぜ」
「いやだよ、ばか」
「遠慮すんなよ、おにーちゃん」
 筋肉自慢の出来る秀実ならレスリング選手のように、そりゃ軽々と瑛佑を肩車してみせるのだろう。ごめんだ、と思った。本気で嫌がるとわき腹をたわむれに突かれる。揺れに、頭上で子どもが笑っている。落っことさないかひやひやする。
 合流した透馬は冬の匂いがした。外気温が相当下がっていることをそこで実感した。ひやりとした空気をウールの縮絨コートにたっぷりと含ませて、透馬は「仲いいなあ」と秀実と瑛佑に近寄った。
「ヒデくん久々」
「トーマぁ」子どもの両足を片手で押さえ、片腕を透馬に伸ばして再会のハグをする。だから子ども落っことすなよ、と、瑛佑は慌てて秀実から二歳児を引き剥がして抱いた。
 ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、透馬は「いたいって」と悲鳴をあげた。腕を秀実の身体の外へ必死で突っ張り、ケーキの箱を死守している。人の顔を見てハグをするのは秀実の基本で、誰にでもやる。両親の結婚で義兄弟になると決まった時も、留学先から帰国した時も、遠地勤務を終えて再びこの街に引っ越して来た時も、全部やられた。
 夕方、マンションのエントランスは全くの無人ではない。帰宅した女子高生らしき少女がオートロックを解除した途端ぎょっとした顔で通り過ぎて行った。行こう、とエレベーターへ引っ張る。
「ていうかそれ、瑛佑さんの子どもですか」瑛佑の抱いている子どもを見て、透馬が訝しむ。
「まさか。着いたら紹介するけど、職場の人のお子さん」
「はは、っすよね。子どもがいるなんてわかってたら、もうちょっとかわいいスイーツ買って来たなあ」
「なに買って来た?」秀実がわくわくして訊ねる。
「人数九人って聞いたからこのショーケースのここからここまで一個ずつください、っていうのやった。種類の指定はなかったし」
 実際にそこにケーキのショーケースがあるかのように、透馬は右の人差し指と左の人差し指でジェスチャーする。
「一度やってみたかった」
 鏡越しに目が合い、瑛佑も微笑む。
 マンションの部屋までたどり着いて、透馬は入るなり「あったか!」と叫んだ。外は北風がびゅうびゅう吹いて歩くのに耳が痛かった、とこぼす。冷たい風を浴びても顔は赤らまず、どこもかしこも白いままだ。美術館に置かれた石膏のような質感の手首が、上着を脱いだ際に視界にちらついた。
 柳田ファミリー、高坂、夏人と初対面組を引き合わせて紹介したのは秀実だ。フルネームを聞いた高坂と柳田はさすが勘が良く、透馬の正体にすぐに気付いて驚いていた。秀実は透馬からばかみたいに派手なラメ入りのファーを首にかけられて、「スターみてえ」とご機嫌だ。


← 16
→ 18




拍手[48回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501