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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 電話をかける際、少しだけ緊張した。得体の知れない生き物と交信しようとしている、と思ったからだ。意識して数えてはいないが、電話のコール数をなんとなく覚えている。七コールめで電話に出た透馬は、『お疲れ様です』と寝起きのかすれ声で言う。
「――いや、ごめん」なんか謝ってしまった。
『え、なんで?』
「寝るなら寝るでわざわざ起こさなくても、今夜は寝かせておいて日を改めれば良かったんじゃないかといま、思いついた」
『違いますよ、おれが瑛佑さんに頼んだんだから』電話の向こうで透馬はきっぱりと訂正した。『そんなこと思わせてすいません、でも、ありがとうございます。ね、めし行けますか』
「行ける。おれも腹減ったよ」
『じゃあこれから下降ります。えーと、職場どまんなかで待ち合わせさせるのもいけないのか。どこに行けば?』
「じゃあ脇のコンビニに入ってる。交差点の斜め向かい」
 そう言ったけれど、道路を渡る前に透馬と落ち合えた。
 出てくるのぴったりだったですね、と透馬が言い、そうだな、と答える。日野洋食亭には今から移動すると閉店になるので、近場にある大衆居酒屋を選んだ。店は適度に混んでいて、焦げた醤油のにおいとアルコール臭がして、蒸していて、暖かだった。
 店員からおしぼりを受け取り、ビールや串揚げや玉子焼きや漬物やと、一斉に一方的に透馬がオーダーをかけた。瑛佑は自分の飲みたいものを頼んだだけだ。明日の朝が早いので今夜は飲まないことにする。ソフトドリンクを頼んだ瑛佑に透馬は申し訳なさそうな顔をしたが、「一口だけちょうだい」と言うと子どものように顔をほころばせた。
 しばらく無言で、運ばれてきた料理を口にする。透馬はぐびぐびとビールを煽り、無駄なことさえ一切喋らない。沈黙が気まずいわけではなかったが、真意がつかめなくて迷う。瑛佑の方からなにか言うべきだろうかと逡巡していると、「泊まることろがないならまた瑛佑さんとこ、って頼ればよかったんですが」と透馬がようやく口をひらいた。
 たん、とテーブルを響かせてビールグラスを置き、唇を一文字に結び、本当に真顔で瑛佑を見つめる。ああそうか目か、と納得した。こうやって人を見つめる瞳が大きくてまんまるいので、幼く見えるのだ。
「――うん、おれは全く構わなかったけど」
「ありがとう、ございます。……泊まるとこなくて、でも人に世話になりっぱなしが無性に心苦しいっていう気分の夜がさ、たまに訪れちゃうんだ。それでホテルを選んでみました」
「うん。だから『当ホテルをご利用いただき誠にありがとうございます』、なんだよ。けど頼って良かったんだよ、本当」
 乱暴な利用の仕方だな、と思う。世話になりっぱなしが心苦しいって、そういえばそんなこと言って秀実の洗濯や食事を引き受けていたんだっけか。図々しいんだか神経が細いんだかよく分からない。話すほど謎になる。
「秀実、あれから彼女と別れたんだよ」なにが揚がっているのか正体が分からない串揚げをつまみあげながらそう言った。齧ると、中身はトマトだった。
「え、まじすか?」
「まじ。あ、きみのせいじゃないからな。ちょっと束縛がキツイかもって、前から秀実こぼしてたし、だから合コンなんか行ったんだろうし」
「でも、おれのせいもあります、かね」
「百あったきっかけのうちの一ぐらいは担っているかもな。でも決めたのは当人たちで、おれや透馬がどうこう出来る話じゃない。…まあ、とにかくさ。より一層淋しがってるから透馬がいいんなら連絡してやって。いなくなって、かなり本気で落ち込んでいたから」
「……うん、そう、……すか」
 秀実と馬が合っていたんだからこうして瑛佑と食事をしているよりも奴の方がいいだろう、と思ったからそう言ったが、透馬の反応を見て、なにか違ったらしいと分かった。違うことは分かるが、正解も分からない。
 揚げトマトは冷めていて、ぺちゃりとした衣とトマトの酸味とが全くマッチしなかった。口直しにと手を付けた別の串揚げは豚肉だったが硬すぎた。混んでいるおかげでオーダーもまわらないし、ちょっと失敗した。透馬はますます黙り込み、こりゃもう早々におひらきにしてしまおうと、シメのつもりでお茶漬けを頼む。鮭と梅の二種類。
「どうしてそんなに家出ばっかりしてんの、とか、家出しまくってんならアパートでも借りれば、とか、質問も助言も、瑛佑さんはないですね」
 茶漬けを待っているあいだに透馬がぽつんと言った。非難しているのではなく、淋しがっているのでもなく、「そういう人なんですね」と納得した、という響きだ。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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