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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 名前ってすごいな、とちょっと感動した。トーマの本名が分かった。「青井透馬」だ。音の響きだけでは想像できなかったあらゆる事象が生々しく迫ってくる。群青の空が澄んでいるとか、星が輝いているとか、つめたく清かな風が吹いているとか。
 冬生まれでこの名前だと、青々とした草原のイメージよりも冬の高原の白さを思った。深々と雪に埋もれる針葉樹の森の、静かな白、の陰に現れる青。そうだ、クリスマスオーナメントみたいな名前だ。
 幼い頃、まだ父と母と三人暮らしだった頃、家にはちいさな模造品のクリスマスツリーがあって、そこにオーナメントを吊るすのが楽しかった思い出がある。木製の天使や小人に、木馬もあった。白地に空色のペイントが施されていて、その青が好きだった。
 だから寒い季節の青を想像した。青井透馬。ちょっと出来すぎなぐらい、綺麗な名前だ。
 アドレスの交換は秀実を介して行ったのだが、前回の一件以降、トーマとはやり取りがなかった。「トーマ」で登録したメールはいつの間にか途切れ、泊まりに来ることも遊ぶことも、日野洋食亭に行くこともなかった。そして三週間ほどのインターバルを置いて、トーマは唐突に現れた。
「予約していないんですが、部屋、ありますか」そう言って、瑛佑の職場のKホテルに。
 週末でなかったので、シングルをひとつすぐに案内出来た。宿泊名簿を差し出すと綺麗な字で「青井透馬」と書いた。文字とペンの遊び方を知り尽くしている、癖のない字だ。社長子息は書く文字まで統制されるのかと思わないでいいことを思った。
 勤務先の欄は任意で結構ですよと言ったが、トーマ、青井透馬、は、有名私立大学の名前を記入した。「学生課で事務やってるんです」と、まるで瑛佑に知ってほしいことのように喋る。「親のコネクションですけども」
 部屋のキーを渡してしまえば受付は完了だ。何をしに来たんだか、家出だったらあの時のように瑛佑を頼ればいいのに。声をかけるべきか客のプライベートを尊重すべきか迷っていると、透馬が「今夜、あがるの何時ですか」とちいさな声で訊いて来た。
 結局そうなるんじゃないかと瑛佑は微笑する。
「九時で交代」
「じゃあ、おれ部屋で少し休んでます。終わったらメール、ください。めし行きましょう」
「今から待ってるんじゃ腹減るだろう」
「ルームサービスでもバーでもレストランでも、ホテルの飲食エリアをオススメするとこなんじゃないんですか、瑛佑さん」
 ホテルマンとして、と言われて、そりゃそうだと思った。軽食ならすぐそこ、一階にあるティールームで取るのがいい、酒を飲むなら地下フロアのバーに、ととりあえずの情報を伝えた。透馬は人懐こく笑い、「また後で」とカードキーを軽く振ってエレベーターへと歩いて行った。
 披露宴の夜と同様、またなにか抱え込んでいるような雰囲気だ。
 まだ会って三回目で、秀実ほど飛び級に人と親しくなれない性分としては警戒心もある。そんなに急激にやって来られても、と思うのに、ふとした拍子に頼りない仕草や表情をされて心がほろりと崩れる。フロントに現れた立ち姿は成人した一社会人と見えて、「部屋ありますか」の一言で身体を纏う殻が剥がれて軟な中身が見えた。笑っていても泣きそうな。大人に見えて子どもの、或いは逆の。綺麗な字を書く綺麗な名前の男。
 なんなんだ、青井透馬。
 正体が全くつかめない。仕事の最中に答えを探すことは当然無理で、無理なまま夜勤に引き継いだ。着替えながら携帯電話をチェックすると、透馬からも一件届いていた。『寝てるから、やっぱりメールじゃなくて電話ください』とある。起こせ、という意味か。



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拍手[51回]

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美冬さま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。

そして「ギャッ!」でした!あわわわ間違いです!ご指摘くださってありがとうございますー
一人でやっているとそこらへんどうしても甘くなってしまい…これからもぽろぽろあるかもしれません。こうして教えて頂けるととても助かります…うう。

透馬くんのお名前いかがでしょうか?w
冬生まれだし、夏人くんに対抗させて「冬馬」でも良かった気はするんですがそこは私の趣味です(笑)
ちなみに高坂さんと夏人くんはまだまだ出てきますからお楽しみにw

そして秀ちゃん!w
こちらもまた登場します。その時はかわいがってやってくださいw

拍手コメントありがとうございました。
いや助かりましたー(^_^;)
粟津原栗子 2013/11/12(Tue)06:50:39 編集
ellyさま(拍手コメント)
こんにちは、いつもありがとうございます。

「興奮して思わず」っていうコメントがとても嬉しかったのでした。「青井透馬」という名前、お気に召して頂けましたか?w
瑛佑くんも随分と感動しております。この名前を呼べることは嬉しいんじゃないかな、と。彼らの今後をどうぞ見守っていてくださいね。
拍手コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2013/11/12(Tue)06:54:57 編集
プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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