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「はーるよこい、はーやくこい、あーるきはじめたみーちゃんが」
と歌いながら透馬は鍋の手入れをしている。「これがあるとないとじゃ料理の質が全然ちがうんすからね」とあんまりに力説するから買った、ほうろう引きの鉄鍋だ。透馬の言う通りに今夜の夕飯に登場した煮豚はとろりとやわらかく、白米をおかわりした。機嫌よい背中を見て、瑛佑もふうと息をつく。
ハスキーな地声は、歌になるとやや跳ねる。ころころと坂を跳ね転がるかのような独特のくせがかわいらしい。音痴の部類でカラオケは苦手だと言っていたが、こうして口ずさんでいる分には十分魅力的な歌声だ。
それにしてもずいぶんと懐かしい曲を歌う。定番と言えば定番、年寄りくさいと言えばそう、瑛佑よりも年下のくせに妙に古風なところは、一体だれに教わったのか。楽しんでいる背中に笑うと、透馬は歌うのをやめて振り返った。
「だってあまりにも機嫌いいし、微妙に時期外れだし」
「ああ。今日うたうなら『はーるがきーた、はーるがきーた』の方、すかね」
今日は特にあったかかったすからね、と真面目に言うのがまたおかしい。だからどうしてそんな童謡ばかり出てくるのだろう。今時の二十代、というか三十歳目前、はやりの歌謡曲だって知らないわけじゃないだろうに。
透馬にはこういうところがある。階段でじゃんけんをして遊んだりしりとりをしだしたり。先日はなにを思ったのか「腕相撲しましょう、腕相撲」と言い出し、持ち前の非力さを見事に発揮して瑛佑に完敗だった。花を愛おしむ習慣も字がやたらと綺麗なところも、妙に古さを感じるというか。
透馬の由来を思い少し胸が痛んだが、過去があるから透馬のいまがあるのも事実だ。ひとまず今日の機嫌のわけを尋ねると、透馬は「いいことがたくさんあったから」と嬉しそうに答えた。
「まず夢見が良かったんすよ」
「へえ」どんな夢だ? という意味をこめて首をかしげる。
「瑛佑さんに超色っぽい顔でおねだりされる夢」
思わず吹いた。ばあか、と傍にあったクッションを投げつけると、透馬は「夢すから、夢!」と笑う。
「――他には?」
「電車乗ったら飛行船が飛んでました。なにかのイベント案内だったんでしょうけど、おれあんな風にちゃんと飛んでるところ見るのはじめてで、興奮しました」
「飛行船か」確かに滅多に見ない。「でっかくてかっこよかったんすよ」と感慨深げに言い、その様子に、ちょっと見てみたかった、と思う。
「あとはついに、駅裏の花屋で顔を覚えられました。店員さんにサービスしてもらって」
「ああ、それで」玄関、窓枠、トイレに洗面台とあちこちに花が活けてあった。どれも一輪だけだが、シンプルで好感が持てる。透馬らしい愛で方だ。
「で、瑛佑さんがケーキ買って帰って来てくれたから、ご機嫌最高潮です」
「なにより」
「うれしいと歌がうたいたくなりますよね」
そう言って重たい鍋を棚に仕舞い込む。「シャワー浴びます」と言って消えたが、浴室の方からまたのびやかな歌声が聞こえた。「はーるの、うらーらーの、」と知っているフレーズが聞こえ、つい笑ってしまう。生まれる時代間違えていないか。
まだ片付けの半端な部屋を見回し、さて少しは整理をするか、と透馬の歌を遠くに聞きながら立ち上がる。
引っ越して三日目、いまは「春の青井透馬おめでとう週間」開催中だ。一体なんなんだ、春の、と言うからには夏も秋も冬もあるのか、と突っ込み満載のネーミングは透馬によるもので、きっかけは「引っ越し祝いと透馬の誕生日祝いをしよう」だったはずだが、「誕生日は自分がいちばん嬉しいと思うことをする日」を持論とする透馬が「一度でいいんで一週間ぐらいぶっ続けでちやほやされまくりたいです」と言うからそういう流れになった。この一週間、透馬は「いちばん嬉しいと思うことをしまくる」そうだし、瑛佑は透馬をとにかく甘やかしてやる話になっている。飽きやしないかと思ったが、飽きたら飽きたでそれまで、とにかく透馬が楽しそうだから瑛佑は満足だ。「仕上がりの違う鉄鍋で作る絶品料理」もそのうちのひとつだし、ケーキを買って来たのも、花を買うのも、いまが甘やかし週間だからだ。一週間が終われば落ち着くのかどうかと考えるが、透馬の言う「ちやほや」があまりにもささやかすぎて続いてしまいそうだと思いながら。
段ボール箱から本を取り出し、先ほど組み立てかけたまま中断となったラックを作り直して、収める。透馬の私物があれやこれやと混在するのもはじめてだ。今までは家出青年、いつどこでも泊まれるように荷物は最小限だった。好きな写真家の写真集や、気に入りの歌手が特集されている古い音楽雑誌や、好んでよく着ているファッションブランドからのDMを大事に取ってあること、作業用の机はちいさくても構わないから絶対にほしいと譲らなかったことなど、いままで知らなかった透馬を今回の引っ越しでたくさん知った。知れたことが嬉しかった。
嘘のない透馬は、素直で豊かで、やっぱり愛おしかった。
一緒に暮らせることが嬉しいと、浮かれているのは瑛佑の方だ。誰かと日々を分かち合うことは歴代彼女ともなかった。声を聞きたいと思う時に名を呼べば振り向いてくれる幸福。鈴って言ったかな、とどこかで聞いた昔話を思い出す。鈴は神様へ向けて鳴らす幸福を呼ぶもの。だからいまそれは二人の間で鳴りっぱなしなんだろう。
ころころと跳ねる透馬の歌声。そのものじゃないかと思いながらまた次の段ボールをあける。
→ 中編
と歌いながら透馬は鍋の手入れをしている。「これがあるとないとじゃ料理の質が全然ちがうんすからね」とあんまりに力説するから買った、ほうろう引きの鉄鍋だ。透馬の言う通りに今夜の夕飯に登場した煮豚はとろりとやわらかく、白米をおかわりした。機嫌よい背中を見て、瑛佑もふうと息をつく。
ハスキーな地声は、歌になるとやや跳ねる。ころころと坂を跳ね転がるかのような独特のくせがかわいらしい。音痴の部類でカラオケは苦手だと言っていたが、こうして口ずさんでいる分には十分魅力的な歌声だ。
それにしてもずいぶんと懐かしい曲を歌う。定番と言えば定番、年寄りくさいと言えばそう、瑛佑よりも年下のくせに妙に古風なところは、一体だれに教わったのか。楽しんでいる背中に笑うと、透馬は歌うのをやめて振り返った。
「だってあまりにも機嫌いいし、微妙に時期外れだし」
「ああ。今日うたうなら『はーるがきーた、はーるがきーた』の方、すかね」
今日は特にあったかかったすからね、と真面目に言うのがまたおかしい。だからどうしてそんな童謡ばかり出てくるのだろう。今時の二十代、というか三十歳目前、はやりの歌謡曲だって知らないわけじゃないだろうに。
透馬にはこういうところがある。階段でじゃんけんをして遊んだりしりとりをしだしたり。先日はなにを思ったのか「腕相撲しましょう、腕相撲」と言い出し、持ち前の非力さを見事に発揮して瑛佑に完敗だった。花を愛おしむ習慣も字がやたらと綺麗なところも、妙に古さを感じるというか。
透馬の由来を思い少し胸が痛んだが、過去があるから透馬のいまがあるのも事実だ。ひとまず今日の機嫌のわけを尋ねると、透馬は「いいことがたくさんあったから」と嬉しそうに答えた。
「まず夢見が良かったんすよ」
「へえ」どんな夢だ? という意味をこめて首をかしげる。
「瑛佑さんに超色っぽい顔でおねだりされる夢」
思わず吹いた。ばあか、と傍にあったクッションを投げつけると、透馬は「夢すから、夢!」と笑う。
「――他には?」
「電車乗ったら飛行船が飛んでました。なにかのイベント案内だったんでしょうけど、おれあんな風にちゃんと飛んでるところ見るのはじめてで、興奮しました」
「飛行船か」確かに滅多に見ない。「でっかくてかっこよかったんすよ」と感慨深げに言い、その様子に、ちょっと見てみたかった、と思う。
「あとはついに、駅裏の花屋で顔を覚えられました。店員さんにサービスしてもらって」
「ああ、それで」玄関、窓枠、トイレに洗面台とあちこちに花が活けてあった。どれも一輪だけだが、シンプルで好感が持てる。透馬らしい愛で方だ。
「で、瑛佑さんがケーキ買って帰って来てくれたから、ご機嫌最高潮です」
「なにより」
「うれしいと歌がうたいたくなりますよね」
そう言って重たい鍋を棚に仕舞い込む。「シャワー浴びます」と言って消えたが、浴室の方からまたのびやかな歌声が聞こえた。「はーるの、うらーらーの、」と知っているフレーズが聞こえ、つい笑ってしまう。生まれる時代間違えていないか。
まだ片付けの半端な部屋を見回し、さて少しは整理をするか、と透馬の歌を遠くに聞きながら立ち上がる。
引っ越して三日目、いまは「春の青井透馬おめでとう週間」開催中だ。一体なんなんだ、春の、と言うからには夏も秋も冬もあるのか、と突っ込み満載のネーミングは透馬によるもので、きっかけは「引っ越し祝いと透馬の誕生日祝いをしよう」だったはずだが、「誕生日は自分がいちばん嬉しいと思うことをする日」を持論とする透馬が「一度でいいんで一週間ぐらいぶっ続けでちやほやされまくりたいです」と言うからそういう流れになった。この一週間、透馬は「いちばん嬉しいと思うことをしまくる」そうだし、瑛佑は透馬をとにかく甘やかしてやる話になっている。飽きやしないかと思ったが、飽きたら飽きたでそれまで、とにかく透馬が楽しそうだから瑛佑は満足だ。「仕上がりの違う鉄鍋で作る絶品料理」もそのうちのひとつだし、ケーキを買って来たのも、花を買うのも、いまが甘やかし週間だからだ。一週間が終われば落ち着くのかどうかと考えるが、透馬の言う「ちやほや」があまりにもささやかすぎて続いてしまいそうだと思いながら。
段ボール箱から本を取り出し、先ほど組み立てかけたまま中断となったラックを作り直して、収める。透馬の私物があれやこれやと混在するのもはじめてだ。今までは家出青年、いつどこでも泊まれるように荷物は最小限だった。好きな写真家の写真集や、気に入りの歌手が特集されている古い音楽雑誌や、好んでよく着ているファッションブランドからのDMを大事に取ってあること、作業用の机はちいさくても構わないから絶対にほしいと譲らなかったことなど、いままで知らなかった透馬を今回の引っ越しでたくさん知った。知れたことが嬉しかった。
嘘のない透馬は、素直で豊かで、やっぱり愛おしかった。
一緒に暮らせることが嬉しいと、浮かれているのは瑛佑の方だ。誰かと日々を分かち合うことは歴代彼女ともなかった。声を聞きたいと思う時に名を呼べば振り向いてくれる幸福。鈴って言ったかな、とどこかで聞いた昔話を思い出す。鈴は神様へ向けて鳴らす幸福を呼ぶもの。だからいまそれは二人の間で鳴りっぱなしなんだろう。
ころころと跳ねる透馬の歌声。そのものじゃないかと思いながらまた次の段ボールをあける。
→ 中編
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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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