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新花と透馬



 川澄の知人の作家のトークイベントに招かれたから、と言って新花と川澄が揃って上京したのが四月。イベントは夜からで、その前に新花が「買い物につきあって」と言うから透馬も同行した。川澄は昔勤めていた出版社に顔を出し、そのまま友人と会ってくると言い、開場時刻となる十八時半まではそれぞれに過ごす予定らしい。
 イベントに「透馬も来る?」と誘われたが、本を読まないおかげでその作家のことを知らず、行っても会話に置いていかれるのだろうと思ったから断った。それに、新居に越してからまだ荷解きをすべて終えていない。必要最低限のものは封を開けて収めるべき場所に収めたが、たとえば画材や雑誌や衣類の一部は、依然段ボールに詰めたままだ。やることがないわけじゃないのだ。
 新花は、こちらへ来たら絶対に寄りたいお茶屋さんがあるのだと言う。中国茶を扱う店舗で、二階がティールームになっている。一階でお茶を選んだあと、二人で二階へのぼった。徹底的に女性をターゲットとした店で、茶の種類が豊富だから軽食のメニューはないのかと思えば、そこは新花が気に入る店で、ちゃんと食事も出来るようになっていた。新花は東方美人を、透馬は凍頂烏龍茶を選び出し、あとは粥なり飲茶なり角煮なりを取って昼食とした。窓際のカウンター席で、休日で混雑する大通りを見下ろせた。
 中国茶、という特殊性からか、さほど人がいなくてのんびりくつろげる、いい店だった。ただし新花がいるから来られる店で、ひとまず男性客は透馬以外に見当たらない。瑛佑と来ようかな、という気にはなれなかった。出された茶器のこだわり方には関心を持ったけれども。
 料理が運ばれてきて、各々箸をつける。唐突に新花が「わたし、真城のことはあまり好きじゃないの」と言うから、口にしかけたスープをまた置く羽目になった。
「……いきなりなんだよ、新花ちゃん」
 どうせなら食事の後にすべきだ、こんな話は。だが新花は続ける。
「柄沢と一緒だからなんとなく付き合いがあるけど、気が合う訳じゃないのよ、決して。ましてや味方でもない」
「……伯父さんと、なんか、あったの」
「なんかっていうほどなんかあったわけじゃくて。ほらあの人、なにもできないじゃない」
 なにも、と言われて、透馬はなんとなく頷いた。綺麗な字は書けるけれど、食事は一切つくらない。病弱で、頼りになる大人、というわけにはいかなかった。生命維持に直結する事柄(たとえば食事や健康な肉体、運動)がことごとく苦手だ。そういう意味で「飾り」で生きている人で、新花の言う「なにもできないじゃない」の言葉がわかる。
「イギリスでも柄沢に頼りきりだったし、いまも柄沢がいないと死んじゃうんじゃないかっていう生活してる」
 先日、柄沢の家の庭で花見をしたのだと言う。研究室の学生の混じった、新入生歓迎を兼ねた花見だ。Fは寒い土地なので、この辺りより桜が咲くのがずっと遅い。
「ひとりで影薄くして、家の中に閉じこもってるわけ。いくら学生がいるからってさ、人嫌いも真城の場合はただのわがままよね。柄沢もマメに世話なんか焼いちゃって。わたし、自立しない大人が嫌い」
 新花らしい口調でずばずばと言う。透馬は苦笑しきりだった。新花の言葉に「とりあえず食おうよ」と言って、ようやくスープを匙ですくう。
 確かに学生連中なんかが押し寄せたら嫌がって家から出て来なさそうだな、と綾のことを思う。はかない、というよりは新花の言う通り「わがまま」なんだろう。一緒に暮らしていた時も、考えてみれば、そうだった。一人では危うい人。それでも透馬と暮らしていても、かたくなに暁永のことを想い続けていた。
 一方で直情的な人だったから、淋しいと思ったからこそ透馬といることを選んだのだろうし、あの生活が続けば、いつかは透馬の望むかたちになっただろう。と考えて、ぞっと背筋がつめたくなった。Fでの、あの絶望的な暮らしを良しとしていた自分は、一体なにに酔っていたんだろう。あのままふたりでいて、あかるい未来はなかった。
 つい箸を置いて、考えにふけってしまった。頬杖をついて黙考をはじめた透馬の背中に、新花の手が触れる。
「ごめん、話が変な方に向いちゃった。ちがうのよ、真城への愚痴を言いたいんじゃなくて」
 ぱんぱん、とそのまま背を叩かれる。
「だから透馬は、いまの暮らしを選んで正解、って言いたかったのよ。わたしはね、透馬が好きなら仕方ないと思って真城と透馬を見てきたけど、うまくいってほしいとは思ってなかった。―いまは違うの。心からうれしい。引越しおめでとう」
 新花はにこりと笑った。そのあまくやわらかい笑みに、綾に支配されかかった心がゆるむ。女の人っていいなと、なんだか唐突に思った。母性本能とやらが備わっているせいかあちこちやわらかく出来ていて、あまえたくなるところが。
 無性に瑛佑の顔が見たい。そう思いながら食事を再開する。新花はよく食べるので、ぼんやりとしていると皿がなくなる。飲茶が美味しかったので、追加でオーダーした。それからデザートも頼む。食後の贅沢まで楽しめるのだから、新花のつきあいでも透馬は満足だ。
 食後、引越し祝いを買ってあげる、と言われ、言葉に甘えることにした。
「なにがいい?」
「うーん」
 しかしいざ訊かれるとすんなりと思い浮かばない。必要なものはおおかた揃えてしまったし、持ち合わせで間に合ってもいる。この間まであったらいいなと思っていたほうろう引きの鉄鍋は、瑛佑が買ってくれた。
「今度Fの美味しいもんでも送ってよ」
「あら、じゃあ今日はいいの?」
 腕時計を見て、「時間まだあるんだけど」と言う。時間があるなら、と街を歩いてみる。長蛇の列のチョコレート専門店、切りっぱなしのデザインが売りの革製品の店、チューリップとばらがひらく花屋、あめ色のつまさきが揃った靴屋。覗いてみたが、ウインドーショッピングの程度でどれもひらめかない。
「じゃあ、ケーキ買って」
 これもまた人が並ぶ洋菓子屋を指して新花に言うと、人混みに嫌そうな顔をしたが、お祝いだしね、と列に並んだ。
 フランスで菓子修行したというパティシエが帰国して出した一号店で、最近、テレビや雑誌で紹介されているのをよく見る。見た目が華やかで、好きなのだ。三十分並んで、角型のチョコレートケーキをホールで買ってもらった。細工が細かく、散らされた金粉がチョコレートのダークブラウンにきらきらと光っている。ふたりで食べきれるのか不安になるような大きさのケーキだ。嬉しかった。
 待ち合わせた場所で川澄と合流し、軽くコーヒーを飲んで、別れた。またね、と新花が手を振る。透馬も振り返してやる。
 帰宅すると瑛佑はすでに帰宅しており、カウチでうたたねをしていた。ケーキをキッチンのステンレス台に置いて、そっと近寄る。
 床に膝をつき、瑛佑の顔を覗き込む。すう、すう、と一定のリズムで刻まれる寝息、閉じた目蓋、眉の生え際。しばらく見つめてから、そっと触れてみる。肩に、剥き出した首筋に手をひたりと当てると、瑛佑はふっと目を覚ました。
 近い位置にあった顔に、驚いた風だった。だがまだ眠いのか、目を閉じる。寝返りをうち目をこすりながら「おかえり」と瑛佑は言った。
「――新花さん、元気か?」
「元気げんき。ケーキ買ってもらいました」
「そうか」
「引越しおめでとう、って」
 もう少し顔を近付けて、瑛佑と額を合わせる。ちかくで見る目は、穏やかでやさしかった。瞳に透馬が映っている。きっと自分の瞳にも、瑛佑が映っているのだろう。
「三十分も並んで買ったケーキです」
「うん」
「あと今日は、お茶買って来たんです。中国茶の店に行って――」
 額を合わせながら、しばらく話をする。瑛佑はじっと聞いている。笑ったとき、それが合図だったかのように、キスをした。


End.



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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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