忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

日野と高坂



 幼い頃なんとなく夢をみていた光景があって、それは高坂と誰かのほかに、犬がいるのだった。中型の茶色か白い犬。つまり、犬が飼えるぐらいの間取りの家をほしいと思っていたのだろうし(高坂は一家四人でアパート住まいだった)、自分は子どもを持たないのだろうとその頃から予感していたのだろうし。
 そんな夢は歳を経るごとに見なくなり、それどころかつい数年前までは一人がいいと言い切って日野を遠ざけたのだから、いまとなっては「そういえば」の範疇だ。思い出しても、もう広く庭のある家も犬もほしいと思わなくなった。日野が隣にいる、それだけでいい。
 大体犬、って。なんで憧れたかな、と幼い頃の自分に苦笑する。高坂は生物を飼ったことがないし、興味もない。吠えてうるさい、という理由で、よその家につながれている飼い犬たちのことをあまり好ましく思っていない。そういえば瑛佑はネコを飼っていたんだよな、と友人のことを思った。秋ごろ、一方的に振られたかなんだかで恋人と別れ、春にまたよりを戻したとかなんとかで……情報が曖昧だから断定して言えないのだが、女が抱けるのだからそのまま別れときゃよかったのに、と、思わないでもない。
 数度しか会ったことのない、瑛佑の恋人のことも思い出す。青井透馬は、つらくないだろうか? もし日野と別れることになったらおそらく自分は、日野を追いかけない。その時点で人生を終わらせたい。今回のことはなにが原因か知らないが、青井透馬は一度は故郷へ帰ったと聞く。戻ってまで瑛佑とやり直したいなにかがあっただろうか。そんなに愛してしまって、瑛佑が女の方を向いてしまったら、その時こそ青井透馬は壊れてしまわないか。
 犬、から青井透馬の心情にまで想像が及んで、はたと我にかえった。休日、日野といつものカフェに来ている。手元にひらいている小説に家と犬の描写があったからこそ思い浮かんだ光景と想像だった。隣、日野は腕組みをして陽だまりのなか目を閉じている。(おそらく眠っている。)
 日野の眠っている姿を見るのは、気持ちがいい。特に高坂好みの青いシャツなんか着て眠っていてくれていると、うっとりと何時間でも眺めていられる。今日日野が着ているシャツはネイビーブルーで、白いボタンがちょうどよくアクセントになっている。日野は肌が白いからよく映える。眺めていたいが、時計を確認するとカフェに入って三時間は過ぎていた。日野の袖をついと引っ張る。
 日野の深い呼吸が一瞬とまる。
「夏人、」
「――ああ」と日野は大きく伸びをする。「寝てた」
「そろそろ出よう。昼時で、店が混んできた」
「これからどこ行く?」
「場所変えてめし食うか」
「家でなにか作ろうか?」
「じゃあ、スーパー寄ろう」
 ふ、と日野が高坂を見て微笑んだ。「なに?」
「とけそうだ」
「なにが?」
「こういう些細なことがしあわせで、融けそう」
 行こうか、と日野は立ち上がる。高坂も頷いて、椅子を引く。


 店を出てスーパーへ寄りつく前に、少し散歩をした。春の住宅街は平日だけあって静かだった。大きな家、吠える犬。先ほど思い出したことを反芻しながら日野と歩くのは、なんだか不思議な気分だった。感覚が昔に戻っているのに、日野と歩く事実はいま。
 並んで歩く道を、わざと歩をゆるめて、日野より遅れてみる。わずかな歩幅のずれに気付かない日野とゆっくりと距離が出来る。青い背中が高坂の視界の中で、少しずつ小さくなってゆく。高坂は目を細める。
 本当にこれはおれのものなのか。分かっているくせに、きちんと確認したくなる時が来る。たとえば今日なら、日野が高坂に振り向くまでの秒数をはかる。十九歳の日野と出会った時は、まさかこんな日が来るとは予想しなかった。先のことは分からない。このまま高坂がこの道から離脱しても、日野が気付かない日が来るんじゃないか、などと。
 そういうことが怖かったから、一人がいいと思っていたのだ。日野と添う日々を選んだからと言って、不安が全解消されるわけではなかった。元が恋愛に対して臆病だ。女を愛せていたらまた違っただろうと思うと、余計に。
 日野は振り向かない。ものの秒数にたまらなくなり、高坂から日野を呼んだ。
「――夏、」
 ん? と日野が振り返る。
「あそこの家、屋根に飛行機の模型が引っかかってる」
「あ、本当だ」
「小さい子でもいんのかな」
「取れなくなっちゃったんだろうな」
 高坂の元まで戻って来た日野は、えい、と空中のなにかを掴むかのように、大きく伸び上がった。伸びた拍子に衣類が上にひきつれて、なめらかなかわき腹が一瞬だけあらわになる。
「なにしたの?」
「こうやって飛行機つかめないかと思って」
「無理だろ、いくらおまえが身長高くても」
「そうだね」
 日野は、高坂の目を見て微笑む。きっと先ほど行った高坂の些細でくだらない事柄を、見透かしている。今度こそ離れない、という意思で、高坂の隣へぴったりと寄り添う。
「――今日もまたなにか色々と考えてるんだろ」
「……」
「しょうがない人だな」
 そっと伸びてきた手は、高坂の右手をやさしく掴んで、離れる。一瞬の体温に、高坂はひどく安心して、でも同時に、胸が締め付けられる。まだ日野に恋をしている。


 スーパーマーケットではなく、百貨店の地下に据えられた生鮮食品店を選んだ。少し変わったチーズや肉を日野が「買いたい」と言ったからだ。高坂も、中に入っている酒のコーナーの品ぞろえに興味があった。その前に、また寄り道。エスカレーターを何階分もあがって、ベビー用品を扱う売り場に足を向けた。高坂の姉・尚子の息子が、あと少しで一歳の誕生日を迎える。
 なにか贈ろうか、という話だけで、具体的なものは選び出さなかった。ベビー用品近くのステーショナリーの売り場で、知っている顔を発見した。瑛佑だった。
 真剣な顔でなにか四角い箱を手に取って見つめている。高坂たちに気付くと無表情のまま軽く頭を下げた。ふたりで近寄る。
「なにやってんだ?」
 と、瑛佑の手元を覗き見る。瑛佑が手にしているのは、厚紙のボックスに本のように収められた色鉛筆のセットだった。青い色ばかりがグラデーションに、三十色。
 中身を抜き出して確かめていたらしい。瑛佑が色鉛筆に興味を持つなんてえらく珍しい。野外スケッチでもはじめる気になったのだろうかと理由を問えば、「いや、おれも見つけたのは偶然で」と言う。
「見つけたら、透馬に買って行ってやろうかな、という気になって」
「……」そういえば、絵を描くのだと前に瑛佑から聞いた。
「もう持ってるかもしれないし、色鉛筆はつかわないかもしれない。聞いてみなきゃ分かんないな、と考えていたんですが、もういいや。すいません、これ」
 と店員を呼んで、あっさりと購入を決めてしまった。たかが色鉛筆、だが五千円もしていてびっくりした。同じシリーズで、赤や黄色、緑やモノトーンといった系統も出ているらしい。すべてそろえたら万単位になる。
 青い色だけ、というところがいかにも、青井透馬へのプレゼントらしかった。
 この後瑛佑も家に来るかと誘ったが、今日は実家へ顔を出す用事があると言う。だが地下フロアでの買い物までは共に済ませた。ふたりが買い込む品々を見て「やっぱ行きてえ」と言うので、用事が済んだら来る話になった。そうして瑛佑とは別れる。
「思った事喋っていいか?」
 と帰る道々で日野に尋ねる。日野は小首を傾げてちいさく頷いた。
「おれ、正直、青井透馬のこと、あんまりよく思ってないていうか、瑛佑に恋なんてさ、やめときゃいいのにって思ってたんだけど、わるくなかった」
「わるく?」
「ていうか、良かった、と思った。ちゃんと瑛佑と想いあってんだなあって。さっきの、青い色鉛筆」
「ああ、」
「ああいうもの、とっさに贈れちゃう仲なんだな。――夏人にも買ってやろうか?」
 そう言うと、日野はふわりと笑った。「おれはつかわないよ」と答える。
「色、綺麗だったね。今度見せてもらおう」
「後で瑛佑から連絡来たら、青井透馬も来るように言おうか。そうだ、夏。小さい頃、なんか動物飼ってたか?」
 唐突な質問に、日野は「ええ?」と訝しげな声をあげた。
「犬、いたけど」
「へえ」
「なんでいきなりそんな話?」
「いや、犬、と青井透馬、がおれの中じゃいま結びついてるから」
「犬っぽい、ってこと」
「違うんだけど、説明は、難しい」
 どちらも高坂が見た幻想のようでいて、片方は今日の瑛佑の一件でくっきりと実体化した。それがなぜだかとてつもなく嬉しくて、日野に知らせたいのに、知らせないでいいとも思う。
 そういう日々だ。


End.



拍手[76回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
ellyさま(拍手コメント)
いつもありがとうございますw
今回のお話、一番のポイントは日野くんの「しょうがない人だな」にあると思っています。このセリフを日野くんに言わせたいがためのお話でした。あと、青です。笑
きっぱりさっぱりした人たちに囲まれて、高坂さんも日々を積み重ねています。
羽村くん!そうか、気にしてくださる方がここにいらっしゃって、ちょっと嬉しいです。完全に脇役でしたが、今頃なにをしているんでしょうね。
…という妄想は、また書きたいと思います。どうかお待ちくださいw
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2014/04/10(Thu)08:41:26 編集
ななしさま(拍手コメント)
お返事遅くなりまして申し訳ございません。
読んでくださってありがとうございます。
日野くんと高坂さん、気に入っていただけましたか。嬉しいです。特に「日野くんが好き」というコメントはちょくちょく聞くのですが「高坂さんが好き」というコメントを頂いたのは初めてなので、お、と思いました。ありがとうございますw
群青を辿りつつあるとのこと、ななしさんにお気に召して頂ける部分がどこかしらあればなあ、と思います。
またぜひ感想をお寄せください。
ありがとうございました!
粟津原栗子 2014/06/30(Mon)08:14:55 編集
«この先]  [HOME]  [群青の日々 5»
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501