忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

透馬と瑛佑



 だるそうに寝返りを打ちながら「のどかわいた」と瑛佑が言うから、透馬はそのまま台所へ向かった。着替えている途中だったのを、瑛佑のために部屋を出てゆく。冷やしておいた炭酸水とグラスを取って、また寝室へ戻る。戻った途端に湿気た濃いにおいがして、ちょっと笑えた。
 炭酸水の入った瓶を瑛佑の頬に押し付けてやると、瑛佑は微笑み、「ありがとうな」と言った。事後の火照った身体に、ぴりぴりと棘のある刺激は心地いいのだろう。喉を鳴らして美味しそうに飲む。羨ましくなり、透馬ももらった。
 今日のセックスの最初の主導権は瑛佑にあった。たまにそういう夜がある。瑛佑が「させて」と言う夜で、身体の隅から隅まで瑛佑のくちびるや指でたどられる。されるまで分からなかったが、瑛佑のやり方は、淡白でいて、大胆だ。大きくひろげられたり、丹念に嬲られたり、強くつかんでこすられたりする。性感を引き出すのがうまく、汗でびっしょりになる。いままでこんなセックスを誰かとしていたんだな、と思うとシンプルに嫉妬する。そりゃ気持ちが良かっただろうと、過去、瑛佑の腕の中で喘いだ顔も見たこともない女たちのことをぼやりと思う。
 そういうことを考えてしまうから、余計に瑛佑を組み敷きたいのかもしれない。こんな顔を、声をさせているのはおれだけなんだ、という自負がほしい。瑛佑からすれば「冗談じゃない」ということかもしれないが、その辺り、瑛佑にはまるっきり偏りがない。透馬がしたいと言えば「いいよ」と言ってくれた。瑛佑をいいように扱っている風で、甘えているのはいつだって透馬の方だ。
 それがひっくりかえる。瑛佑の目が「したくてたまらない」とばかりに光ると、ぞくぞくする。妖しく色めきだつ気配に身をふるわせながら、瑛佑に身体をそっくり委ねる。こういう極限があることをいままで知らなかった。なにもかもを投げ出せて、そこにはなんの痛みもなく、ただただ性の喜びだけがある、瑛佑だけが透馬に見せられる世界。
 瑛佑の手で頂点を見て、見たあとは、今度は透馬の番だった。できるだけ長くじれったく。「お返し」というわけではないけれど、触られると触りたい気持ちがふくらむ。瑛佑の切羽詰った声が聞きたくなり、早くと懇願する顔が見たくなる。必要とされたい。爪を立てても怒らずむしろ微笑んでくれたしなやかな身体をとことん甘やかし、その傷を舐めてまた高みへゆく。
 そりゃ、のども渇くだろう。はじめたの何時だっけ? と思い返すのも面倒なぐらいに脳の髄までしびれている。瑛佑と交替に炭酸水を飲んで、ベッドとベッドの間に据え付けたナイトテーブルに置かれた時計を覗きみる。時間、午前零時。
 先ほどからさあさあと響いているのは雨音だ。最中に気付いたけれど、二人で顔を上げて窓の外を見合って、また目を合わせて、キスをしただけだった。やわらかい雨で、気付かず眠ってしまえるぐらいのボリュームで街を濡らす。先程、キッチンの窓から少しだけ覗いてみた空は透馬の目には晴れ空と変わらぬ紺色で、でも確かに雨のにおいがした。
「明日晴れるかな」と呟くと、瑛佑は「うーん」と唸った。
「ま、大丈夫じゃないかな、」
「天気予報、昼過ぎから雨あがる風でしたね。式が一時からだから、ギリギリ?」
「秀実のことだから、きっと雨も負けて天気になるよ」
 明日は秀実の結婚式だ。瑛佑、透馬ともども出席するが、一方は新郎の親族として、一方は友人としての出席なので、出発の時間が少々異なる。聞いた話によれば席順も少し離れているようで、完全に一緒というわけにはいかないようだった。まあ、どちらでもよい。同じ場所から出発できて、同じ場所に帰って来られる。瑛佑の着るスーツも透馬の着るスーツも、今日の夕方一緒に準備をした。
「そういえば昨日ヒデくんからメール来て」
「うん?」
「みずくさいぞーって」
「――ああ、」
「メールのすぐ後、電話かかってきて。えーすけから聞いてようやく納得したぞって。おれただのルームシェアだと思ってたから超びっくりしたしていうか話せよ大事なことはこのやろうーって」
 秀実の口調を真似て話すと、瑛佑は寝転んだまま笑った。
「……瑛佑さん、ヒデくんにゆったんすね」
「黙っているのも不自然になってきたからさ。要するに、バレたんだ」
 昨日、瑛佑と秀実は揃って休みを取って、秀実の買い物に付き合っていたと聞く。そこで瑛佑が秀実に二人の仲を話したらしい。驚いた秀実から即連絡が来た。怒りながら喜んでいて、淋しがってもいて、楽しんでもいた。様々な感情が素直に出る、秀実らしい電話を受けた。
 だめだったか、と瑛佑が訊く。透馬は首を横に振る。それを訊ねたいのは透馬の方だ。普通に女性とつきあえる瑛佑の現在の恋人が男です、なんて、長いつきあいの友人でも言うのはかなり勇気を要しただろうに。
 首を振った透馬を見て、瑛佑は満足げに笑った。
「もう、どこにも障害なしだ」
「……」
「かあさんにも言っちゃったし、秀実にも話した。高坂さんや夏人はとっくに知ってるし…透馬の方は、新花さんていうとびきりの味方がいるし」
「……おれ、母さんにもすきな人と暮らすって言って出てきちゃいました」
「はは」
 充実の息を吐いて、瑛佑は「言っちゃったなあ」とこぼした。その言い方に、胸がしぼられた。本当に、もうどこにも障害はない。誰の目を気にすることなく暮らせて、こうやって愛せて、穏やかでやさしい時間が透馬の胸の中にふわりと座っている。
 急にFでのことを思い出した。あの、胸が痞えながらも、綾と暮らした日々。話すつもりはなかったのに、「伯父さんといた時は」と口にしていた。衣擦れの音で、瑛佑が寝返りを打ってこちらを向いたのが分かる。
「――くるしかった。おれね、本当にばかだと思うけど、……伯父さんとあのまま一生あすこで暮らせるって本気で思ってたんだ」
 瑛佑は喋らない。頷いたかもしれないが、お互いのベッドに横たわりながら話をしているだけでは、相手の様子を事細かく知ることは難しかった。
「伯父と甥っていう理由で、誰にも深く知れることなく暮らせると思った。でも、なんだろう、いつも心細くて不安で。作っためしぶん投げて庭の花蹴散らかして、伯父さんに乱暴したくなるような…そういう狂気じみたことを思うことが何度もあったよ」
「……」
「でもそういうのひっくるめて一生暮らしていけるって、信じてた」
 あの痛みが、息苦しさが胸によみがえってくる。それに比べればいまはなんとゆるやかな幸福が透馬にあるのか。瑛佑に恋をしなければ分からなかった。自分はせつなくて一瞬たりとも輝かない時間のことしか知らなかったのだと。
 くつろぐという言葉の本意や、安心の意味するところをきちんと教えてもらった。「本当によかったなあ」と秀実に言われたことが重なる。
「すいません、暗くなっちゃいましたね。もう寝――」
「透馬、そっち行っていい?」
 と、瑛佑が訊いた。「それか、こっち来るか?」
 セックスをしたのは瑛佑のベッドで、いま瑛佑は、事後そのままの姿でシーツに沈んでいる。一瞬だけ迷って、透馬は「来てください」と言って瑛佑をベッドに招き入れた。裸の瑛佑が飛び込んでくる。すぐさま身体に腕を絡ませて、泣きそうになっていた顔を瑛佑の首筋に埋めた。
 強く抱きしめ、息を吐く。瑛佑の張った肌や熱い体温が心地よくて、本当に好きで、爆発する愛しさが身体の内側に抑えきれない。
 痛いぐらいだったはずだが、瑛佑は黙ってされるままになり、透馬の背をゆるゆると撫でてくれた。
「――透馬の母さんってどんな人?」
 不意に訊ねられ、触れた吐息に肩がびくりと引き攣れた。
「美人、ぽい。新花さんが、透馬の横顔はお母さんに似たんだって、」
「……でも、フツーのおばちゃんすよ。社長夫人である程度は身なりに金使えるってだけで。貴和子さんの方が、綺麗です」
「綺麗、っていうんじゃないだろう、あの人は」
「美意識が高くて、きちんとした持論があって、格好いい。おれもあんな人になりたいな」
「勘弁して――そうだおれ、透馬の横顔見るのが好きなんだ」
 唐突に言われて、呼吸が詰まった。近くで目を合わせると、瑛佑ははにかみながら「――って言っちゃった」と答える。言うつもりはなかった、という風に。
「……はじめて聞いちゃいました」
「透馬のおしゃべりがうつった」
 ふ、と瑛佑が笑う。無口な人が、透馬を安心させるために、喋ってくれている。背をゆるゆると撫でる手が心地いい。
「透馬の家族さ、いつか会わせて、な」
「……いつか……はい」
「うん」
 深い息をついて、瑛佑は目を閉じた。このまま眠るようだ。透馬はすこしのあいだ、目をあけていた。絡ませ合った足先からあたたかく、目の前で規則正しく上下しはじめる静かな寝息や触れる髪先や、動きがにぶくなってやがて動かなくなる手や、瑛佑が眠りに落ちる間際のひとつひとつを感じながめていた。
「……明日、晴れますよね」
 返事はない。深い吐息が肌を掠める。やがて透馬も目を閉じた、眠るために、明日のために。


End.






拍手[94回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
nさま(拍手コメント)
こんにちは。いつもありがとうございます。
楽しんで頂けてなによりです。今回のお話はカップリングを替えてあれこれ楽しもう、というのが私自身の目論見だったので、私も書いていて楽しかったです。
秀くんも貴和子さんも綾さんも、みんなそれぞれ元気にやっているようですよ、という。特に秀くんは幸せまっさかり。ご声援ありがとうございます!(笑)
透馬くんは苦労が多かったので、いまの生活に前向きに生きて行ってほしいと思います。「心満たされる」のお言葉、嬉しかったですw
雨、こちらはあがりました。秀くんパワーでしょう。
nさんもどうか春の一日をお楽しみください。
拍手・コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2014/03/28(Fri)09:14:59 編集
美冬さま(拍手コメント)
いつもありがとうございますw
貴和子さんの回、いつもと違ったでしょうか?自覚なしですが、だとすれば樹海新ステージ突入かもしれません。(なにを言っているんだか。笑)
とにかく格好いい貴和子さんを、を意識して書きました。格好いい女性を書くのは本当に楽しかったですw
綾さんの回は二人ともいいおっさんなのでしっとりと。そして、秀くん!これで美冬さんからのコメントがなければ嘘だと思いましたw 楽しんで頂けて嬉しいです!
本当は秀くんの結婚式の様子も書きたかったのですが、それはいつかの機会に、また。
春らしくなってきました。よい一日をお過ごしくださいね。
拍手・コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2014/03/28(Fri)09:19:41 編集
jasmineさま(拍手コメント)
日本語で失礼します。お話お気に召して頂けて嬉しいですw
この「群青の日々」はまだ書きたい人たちがいました。ので、そのうちまた更新するかと思います。ぜひ楽しみになさっていてください。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2014/04/03(Thu)19:51:01 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501