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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 地元の大学でも、農学部、というところが肝心である。私の実家からH大本学へは通学圏内にあるが、農学部のみキャンパスが離れている。実習用の農林地を必要とするためだ。県内へ進学だなんて親孝行ねと言われつつ、親元から離れて暮らせた。清己と同じく、私もあの町を離れたかった。田舎でも都会でも、なんでも。
地価が安いので学生向けアパートでも比較的広い部屋で暮らせた。念願のひとり暮らしは楽しくて、非常に淋しかった。淋しい、という衝動はとてつもなく強大だ。清己がいれば他人を必要としなかったこの私が、ありとあらゆる性格の人間と交友した。恋人も作った。
 ただ、私には清己が最上であった。すべてのものは清己を超えない。よってどの恋にも男にも本気になれぬまま、当然ながら長続きはしていない。清己が手に入るか、入らねば私一人か。私にはこの二択だ。
 十八年はあっという間だった。
 いま私は生物学の教師として地元の公立高校に勤めながら、一人で暮らしている。結婚はもちろんしていない。ただ、周囲の環境は学生の頃よりも変化した。あの頃よりも年老いた両親は息子の性癖にどうやら気付き、放っておいてくれている。たまに顔を出しても、不義理に文句を言うだけで嫁がほしいという話はしなくなった。おまえは教師という職業で顔もそれなりなのだから嫁は必ず来る、と説き続けた祖母は一昨年亡くなった。
 あれだけ目立つ男でも、清己の噂は全く聞かなくなった。
 東京へ出た清己は、こちらへ戻ることはなかった。同窓会にも顔を出さない。結婚したのかしていないのか、仕事はなにをしているのか、生きているのか死んでいるのかも分からない。
生きていれば結婚でもして、家庭を持ち、いい生活を送っていそうな男だ。私と正反対を行ける人間だった。家族がいることがいいと言い切れないが、一人が唐突に辛い夜は、たまにやって来る。守るべき存在の温かみは、二択しか許せない私でも想像がつく。
 そんなことを考えるのは、梅雨で憂鬱になっているせいだと思った。青とも赤ともつかぬ異常な夕方に胸がざわめく。清己といた頃は、この色が好きだった。美術室の窓から見るこの色は、清己という男の美しさを悪質に際立たせたものだった。
 思い出した清己のせいでなんだか気が急いて、気晴らしに外へ出た。散歩をして、電器屋でプリンターのインクを買い、スーパーで買い物をした。雨は降るか降らないか微妙な際を行き、今日もきっとアカムラサキ色の夕方が来る。
 コーヒーでもどこかで飲んで来ればよかったと思いながらアパートまでの道を歩いていると、国道を渡る歩道橋で懐かしい後ろ姿を見た。痩身でピンと張った背筋。喪服姿で、傘は差していない。
 まさかと思いぼんやりと眺めていると、男が振り返った。清己である。
 歳を取った。相変わらず男前だった。見惚れて声が出なかった。
「――キヨ」
「おまえのアパートへ行くところだった」
 早く連れて行け、と清己は私の傘の中に入って来た。冷たい手が傘の柄を掴みとり、二人にちょうど良いよう傘を持ち上げる。濡れた喪服、清己の匂いが立ち上った。あの頃と変わらぬ匂いに眩暈がした。
「傘は」
「タクシーに忘れてきた」
「なんでぼくがここだって」
「おまえの家に電話して訊いた」
「……誰か亡くなったのか」
「父方の伯父が。実家はこっちなんだ」
 淡々とした言い口に、むなしさが滲んでいる。ものが言えない私をちらりと見て、清己は「七嶋が先生だなんてな」と息を吐きながら呟いた。
「似合わねぇ。生物学なんて本当に知っているか?」
「そっちこそいまなにやっているんだ」
「研究員。建築材の開発。独身だ」
「え」
「先に言っておかないと、七嶋は黙る気がしたんだ」
 ホラ、と言って清己は左手をかざして見せた。骨ばった長い指には何もはまっていない。うん、と私は曖昧に頷いた。清己は一体なにをしに来たのか考える前に、指だけで体が痺れる。
 部屋の鍵を開け、清己を中に通す。急な来客に困るような部屋の使い方はしていない。部屋干しの洗濯物も、清己相手では今更どうでも良かった。
「東京には来なかったな」
「……きみの方こそ、美大には行かなかった」
 清己の言葉に、私は少々乱暴に答えた。「おまえだって行かなかったじゃないか」と言われ、言い返せなくても、悪いのは百パーセント清己だと思う。
 もっとも、どちらが悪いとか良いとか、そんなことを問い詰めたいわけではない。清己も同じ思いで、「まあ、どうでもいいわ」と投げやりに呟いた。
 また沈黙に支配された。外からわずかに雨音がする。ふと私は眼鏡のことを訊ねた。いま清己は裸眼だ。あの鬱陶しい黒縁が顔にかかっていない。
「またそんな古い話題を」清己は自嘲気味に笑った。「東京行ってから、してない。自分を隠す必要がない」
「いまそんなのかけたら、一気に老けそうだな」
「かけなくても老けたよ、清己」
「おまえだって同じだ七嶋」
「もう三十六歳とか言うんだ、ぼくら。十八だったぼくときみがさ」
「でもまだ、人生はあと半分も残っているらしいぜ」
 そう言って清己は喪服の上着を脱いだ。「濡れた」
 あの頃、触れたくても触れられなかった身体が、私の目の前にある。どういう訳だか、私の暮らす部屋の畳の上に座っている。白いカッターシャツと黒いネクタイ。透ける肩甲骨の魅力は変わらず顕在した。
 視線に気付いた清己は、タイを緩めながら、「もっと中まで見せようか」と笑った。
「鍛えているから、オヤジとかジジイとか老けたとか、悪いが無縁だ。そこらの中年になんかならないよ、おれは」
「相変わらず自分が好きだな。すごい自信だ」
「おまえに散々そういう目で見られたからな。おまえにとっておれは他より美しく特別でなきゃ意味のないもんらしいから、努力している」
「え?」
「なあ、おまえのその美意識の高さに応えられる人間なんて、おれぐらいなもんだぞ」
 清己は指で私の眉間を突き、そのまま私の手を取った。私はふるえた。
 高校の頃に戻れるなら、清己をあけすけな眼差しで追っていた私にこそ、眼鏡を与えたかった。そんな目じゃ、バレバレだった。清己を見ることばかりに夢中で、自分が見られていることは思惑の外だった。
 同時に、ああ道理で、と私は思った。歳を経てもなお、私にとって清己が魅力的であるわけだ。
「東京でなくたって、あの町じゃなきゃどこだっていい。おれを欲しがれ、七嶋。おまえがおれに狂うところを、おれは見たい」
 とんでもないことを言っておいて、手は思春期のようにぎこちなく握り合っていたりするのだ。清己のてのひらも温度も力の込め具合も、気持ちが良かった。触れていると頭がぼうっとした。
 私もまたなにかおかしなことを口走ったはずだが、私の脳へは届かなかった。清己は笑いながら畳に背を落とした。



 私が読んだ通りに、あやうい色の夕方が来た。
 私は清己の肌に歯や爪を立てている。清己は「いい」と答えた。私の見たことのない顔で。


End.


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拍手[116回]

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mmさま(拍手コメント)
こんにちは。いつもありがとうございます。

書きながら、もうどこの誰にも受けないなと思っていました。お楽しみ頂けて本当に嬉しいですw
今回ほど「毒のある」文章を意識したことはなかったかと思います。純愛では全く書けないことですね。一生ひとりの人間にとらわれてしまう七嶋くんは、ある意味で最高に幸せな人だと思います。
mmさんはじめ読み手の方の「アリ」な反応に、安心いたしました。これからもこの方面が書けそうです(笑
ちなみに。今はブログでの公開だからと何もこだわっちゃいませんが、縦書きならばやはり紙でしょうか、いつか挑戦してみたい気持ちはあります。
ものすごーくこだわった作りにしてしまう…気はしています。

4年目もまた精進に努めてまいります。これからもよろしくお願いいたします!
粟津原栗子 2013/06/17(Mon)09:40:54 編集
Lさま(拍手コメント)
こんにちは。いつもありがとうございます。

書きながら「受けなかろう」と思っていたものなので、予想外に拍手もコメントも頂けて嬉しいです。もっと閉塞的で毒々しいような表現もありだったかもしれません。この二人はもう少しネタがあるので、いつか書きます。

拍手・コメント、ありがとうございました。
粟津原栗子 2013/06/17(Mon)09:48:17 編集
konさま(拍手コメント)
こんにちは。いつもありがとうございます。

こんなことを続けてもう4年になるそう…ですよ(笑) 初めから読み手置いてけぼりでしたが、最近ますます置いてけぼりです。だと言うのに嬉しいコメントをありがとうございますw
相変わらず雨ばかり降ってじめじめした人たちばっかり出てくるお話ですが、これからもよろしくお願いいたしますね。
拍手・コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2013/06/17(Mon)09:52:03 編集
かおりさま(拍手コメント)
初めましてですね。ようこそいらっしゃいましたw

誰が読むんだろうなと思っていたので、お好きだと仰って頂けて大変うれしいです。更新ペースはのろいですが、またぜひ遊びにいらしてくださいね。
拍手・コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2013/06/17(Mon)09:56:41 編集
ellyさま(拍手コメント)
連続でコメントをありがとうございます。
お楽しみいただけたようで、ほっといたしました。

「切ない」とか「甘い」とか「エロい」と言ったようなBLの王道から外れるお話だったので公開に迷いましたが、言われて確かに、今回のお話はBLを目指していなかったなと思い至りました。人に言えない本心や性癖を誰かとぴったりあてはめてしまった時の後ろ暗い快さ、とでも言いましょうか。が書きたい、というのが動機でした。
18年の歳月が長いのか短いのか、私には迷うものでしたので、共感すると仰って頂けてほっとした気持ちでいます。
この二人はもう少し、ネタがあります。今回のような色味になるか分かりませんが、雰囲気は大好物です。書きたいと思います。
そして4年目以降も、力のある文章を目指して書いてゆきます。どうかお付き合いを!
拍手・コメント、ありがとうございました。
粟津原栗子 2013/06/17(Mon)10:13:05 編集
無題
 4年目ですか!
 遅ればせながら(←遅いのはいつものこと)、おめでとうございます!

 粟津原さんの、静かだけれど熱い文章が大好きです。

 このお話も……大人の男、いいですね。
 私が書くと、年齢だけは大人なのに、下手な子どもよりもずっと子ども…みたいな男ばかりです(>_<)
如月久美子 URL 2013/06/18(Tue)08:09:55 編集
Re:如月久美子さま
こんにちは! ご無沙汰しております!!

> 4年目ですか!
> 遅ればせながら(←遅いのはいつものこと)、おめでとうございます!
> 粟津原さんの、静かだけれど熱い文章が大好きです。

ああありがとうございますす!
如月さんに比べればまだまだですが、なんのかのと言いながら続いております。自分でも数カ月で更新停止するだろうと思っていたので、びっくりです。(おい)
読んでくださる方も、こうしてコメントをくださる如月さんも(笑)いらっしゃるので、励みになっています。ありがたいことですね。

> このお話も……大人の男、いいですね。
> 私が書くと、年齢だけは大人なのに、下手な子どもよりもずっと子ども…みたいな男ばかりです(>_<)

なにをおっしゃいますことやら!w
逆を言えば、私は若者や子どもが書けません。如月さんみたいにきゃっきゃかわいい男の子を書きたいと思って、やたら精神年齢高いのが出来てしまうのはどうしてでしょうか。私は若者をなんだと思っているんですかね…(゜-゜;)ノ=3
ご覧の通り、相変わらず親父萌えばっかりしているアレなブログですが、これからも精進してまいります。4年目もお付き合いよろしくお願いいたします!
コメントありがとうございましたw

栗子
【2013/06/18 17:17】
Lさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
そしてご指摘ありがとうございました。うっかりしておりました。恥ずかしい!(///)
誤字は絶対にないように、とやっていても、ちょいちょいあります。これからも私のうっかりを引き締めるべく、気付いたら教えてください。
助かりました。ありがとうございましたー
粟津原栗子 2013/06/23(Sun)06:33:43 編集
無題
「七色の彼等7」の慧介編にある葬式ってのは、この時のことだよなぁと思って、「+18」を読み返しました。

慧介クンの言葉から、清己は「見目」が良いだけでなく、「こちらがうっかり見惚れる笑み」をする人で、甥っ子に「かっこいいってことはつまり、怖ぇんだ」とか「凄みって言うの? すげえ目で見っからな」と言わしめるような魅力と色気と謎のある人だというのがわかりました。
すると、
「濡れた」と言って清己が「黒い喪服」を脱ぐさまが、ものすご~~~くエロティックに見えてきました。七嶋と再会した日に着ているのが「喪服」であるのが必然のように、だんだんと、思えてきました… もしかすると、清己は、自分の父が生きている間は七嶋を訪れないと決めていたのでしょうか!?(←深読みしすぎですよねぇ…)
Bei 2013/08/15(Thu)03:54:03 編集
Re:Beiさま
いつもありがとうござごいます。

>「七色の彼等7」の慧介編にある葬式ってのは、この時のことだよなぁと思って、「+18」を読み返しました。
>慧介クンの言葉から、清己は「見目」が良いだけでなく、「こちらがうっかり見惚れる笑み」をする人で、甥っ子に「かっこいいってことはつまり、怖ぇんだ」とか「凄みって言うの? すげえ目で見っからな」と言わしめるような魅力と色気と謎のある人だというのがわかりました。
>すると、
>「濡れた」と言って清己が「黒い喪服」を脱ぐさまが、ものすご~~~くエロティックに見えてきました。七嶋と再会した日に着ているのが「喪服」であるのが必然のように、だんだんと、思えてきました… もしかすると、清己は、自分の父が生きている間は七嶋を訪れないと決めていたのでしょうか!?(←深読みしすぎですよねぇ…)

はい、この葬式のことです。慧介くんから見て、清己はお父さんのいとこ、になります。なので「小父」と表記しています。
喪服を脱ぐシーンについて、今回は(今回は?)さらっと流しましたが、始めはこんなやり取りでした。

「濡れた」
「脱げばいい」
「着るものがない」
「裸でいればいい」

意地悪な気持ちで告げると、清己は笑った…
…というようなものでした。いまは流れ変えてしまってあります。
コチラの方が良かったんでしょうか。一人でやっていると、文章の研削や言い換えや諸々、難しいですね。

ちなみに今回のことがきっかけで清己は七嶋のアパートへ行きました。お葬式がきっかけとなったのは確かです。なければ…会うことはなかったんでしょうか。七嶋さえ東京へ出ていれば、初めからかみ合っていたのに、という不思議な二人です。

長くなりましたが!
本日も更新です。今日はくたびれたおじさんが登場します。こちらもお楽しみにw
コメントありがとうございました!

栗子
【2013/08/15 06:38】
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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