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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 六月に入ると同時に梅雨入りが発表された。厚く低い雲と、その向こうに無理やり押し込められた太陽とで、大気の色が変わる。アカムラサキ色の夕方が多くなった。その短い時間に、私は清己(きよみ)を思い出している。
 元気なのか。あれから十八年過ぎた。私もきみもそろそろ若くない。
 いまどうしている。



 清己は私にとってパーフェクトに美しかった。伸びやかな背、髪は黒く真っ直ぐで、端正な顔立ちをしている。口数は多い方ではなかったが、求められれば的確な発言をした。頭の回転が速い。声も佳い。低すぎず高すぎない。
私と同じく美術部に属してはいたが、運動も出来た。高校一年の頃は、校内でひらかれた強歩会で男子四位だったと記憶している。ちなみに私は、二百五十七位という記憶になにも残らない記録だった。
 当然のように誰からも好かれたが、本人はそれを嫌い黒フレームの眼鏡をかけていた。その下にどんな顔立ちがあろうと、第一印象では黒フレームしか覚えられないような強烈なアイテムだ。それでももてた。生徒会に属するような優等生タイプでもなく、笑顔の爽快なスポーツマンタイプでもなかったのに、いつの間に誰彼に告白されて、つきあっていた。
 誰も長続きはしなかった。女の方から寄って来て、女の方から去る。「孤独でいる姿がいい」とはじめは言うのに、「彼は理解できない」と言って終わる。私が思うに、清己は誰にも心をひらいていない。常に己が一番のとんだナルシストが清己だ。そしてそんな清己は、私の大の好物であった。
 ほしい、と思う彼女たちの気持ちが私には分かった。絶対的に美しいものは、手中に収めておきたい。しなやかな体、飽きず感動を呼び起こす存在感。特に六月あたま、冬服から夏服に変わる頃が良かった。カッターシャツの下、かたちよい肩甲骨が浮かび上がる。
 クラスが遠いせいで、体育も一緒にならないのが残念でならない、と思っていた。
 高校二年の頃、私は美大への進学を希望していた。校外で画塾に通っており、そこの講師がT美大の出身だったので、同じくT美大油彩科への進学を考えていた。T美大、と聞いて清己は「いいな」と言った。普段私の話をうすく笑って訊くのが清己という男なので、からかい半分でそう言ったのだと思った。
「いいじゃないか、T美大。美大なんておまえらしいよ。それに、Tは東京にある。家を出るんだな」
「ぼくに一人暮らしなんかできないって、ばかにしている顔だな、」
「そうだな、鈍感でぼんやりとしているから、一人暮らしはしない方がいい。おれも行こうか、T美大」
「……来るのか?」
「一緒に暮らしてやるよ」
「――それは、すごい毎日になりそうだ」
 清己の言葉を深く考えるよりも胸がざわめいた。美術部に所属してはいるが、清己は理系の男だと思っている。そちらの方がはるかに出来が良いし、正直、清己のデッサンは筆致が豪快なだけで上手くはない。この会話は冗談だと分かっていて、嬉しかった。
「清己と暮らしたらきみしか描けなくなるな」と私は笑った。冗談に包んでほとんど本心だ。清己は私を眺めてから、「ばぁか」と悪態をついた。
「――そうそう、そうやってさ。こんなせまっくるしくて噂ばっかり早い町なんか、早く出るんだ。東京がいい。人が多すぎて、他人に関心が向かない。好奇心なんて誰にでもあるものでいちいち騒いだりしない」
「そういうものかな」
「おまえだって同じだ。なにを想ってなにを言っても、七嶋(しちしま)の自由だぜ」
 清己はきっぱりと言った。いつもと変わらぬ声音だったが、清己の本心を聞いたように思った。狭く閉鎖的な環境にうんざりする清己の気持ちは、ちがう立場ながら私も同じことを感じていた。
 まるでいけないことのように囁かれるから、私は本心を押し隠している。清己が欲しくても言わないし、分からないよう十分注意して暮らしている。本当は清己に触れたい。もうずっと秘め込んだ思いは、煮詰まって心臓の底に焦げ付き、ずぶずぶと真っ黒い。
 間もなく高校三年に進級し、清己は転校した。父親の転勤について行ったのだ。どうせあと一年で卒業するのだからどこかに下宿でもすれば良かったのに、わざわざ転校を決めたのは、転勤先が東京だったからだ。清己はこの町を早く出たがっていた。私はとても淋しかったが、淋しいと言わなかった。ここは自由でないので、私が清己に抱く気持ちは言葉にしてはならない。
 引っ越す前日、美術室へ荷物の整理にやって来た清己は、買ったきり使わないでいた油絵具を「寄付」と言って私にくれた。この時点で清己はT美大へ進学しない気がした。「先に行っている。元気でやれよ。」
 私の予想通りに、清己はT美大には進まなかった。同じ年度の二月、有名私大の理工学部に合格したことを清己の元担任から聞いた。落胆しつつも、美大よりも清己らしい進路選択だと思った。
 実技講習で講師より酷評を受けていた私は、そこで美大進学に見切りをつけた。後期選抜で地元のH大農学部を受験し、ぎりぎりで合格通知を受け取った。東京には行かなかった。


後編






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ellyさま(拍手コメント)
こんにちは。初めまして。
ようこそお越しくださいました。

もう4年目に突入したブログでして、当初は朝夕二回も更新していたので、量だけは膨大になっております。こう…過去のものなんかは今と全く書き方が違っているので、恥ずかしいですね。照れます。
このお話なんか特に顕著ですが、読む人を置いていくなあ、と思いながら、でも好きに書いています。なにかひとつでもお気に召して頂けたら本当に嬉しいです。

拍手コメントありがとうございました。
また、ぜひ。お待ちしていますw
粟津原栗子 2013/06/16(Sun)07:11:17 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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