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5.慧介


 祖父の葬式の時、東京から来た友隆小父はなんだか落ち着かなかった。法要の途中にどこかへ電話をかけ、終了後の会食は最初の三十分を付き合っただけですぐに出て行った。その日のうちに帰る予定だと聞いていたが、帰らなかったのだと思う。どこに泊まったのか翌日になってひょこっと顔を出し、借りた傘を失くしてしまったことを詫び、新品の傘を置いて帰って行った。
 見目の良い人だけに、気にしている人間は多い。おまけに独身であるので、周囲が放っておかない。友隆小父の行動は、一部でちょっとだけ噂になった。ぼくの妹や従姉妹のアリサは友隆小父が姿をくらませたことを心底残念がったし、祖母や友隆小父の母親の千賀子おばちゃんなんかは「こっちにも愛人がおるだわね」「だといいんだけど」と喋っていた。
 友隆小父の帰り際にちょうど会えたので、受験で上京する際の宿を頼んだ。話のついでのように「なんで昨夜帰らなんだ?」と訊いた。友隆小父は、こちらがうっかり見惚れる笑みで「ちょっと用事が出来たから」と言った。
「会食の時も、最初しかいなかった」
「みんな集まるところってのが苦手なんだよ。どうして結婚しないのかしか、言われないしな」
「どうして結婚しないの?」
「好きな奴がいるから」
 それが、衝撃だった。そういう言葉は友隆小父ぐらいの年齢の人は言わないものだと思っていたからだ。そんなに当然のように口にできる言葉だったろうか。かえって照れてしまったぼくの頭を軽く突いて、友隆小父は「またな」と言って帰って行った。
 この時の友隆小父が忘れて行った白い無地のハンカチに、友隆小父が書いたメモ書きが紛れ込んでいた。それを丁寧に広げて、大事に取ってある。このメモは葬儀の途中、抜け出した電話の際に書いたものだ、というのが妹の情報だ。走り書きでどこかのアパート名と部屋の号数が記されている。いちばん最後に漢数字で「七」と書かれてあり、これだけ漢数字で離れているのが、よく分からない。
 ともあれ、この住所地に出かけたのだろうと、見当はつく。住所のM町はここからそう遠くなかったが、訪ねるには至っていない。訪問の理由がないし、あったとすれば完全に興味本位だ。友隆小父に知られたらあの涼やかな目で鋭く蔑まされるだろうと想像できる。―想像で身震いした。
 これが友隆小父の、祖父の葬儀での謎だ。



 やっぱ恋人とか、言うんだろうか。夏休み明けの九月初旬、二つ目の謎を後輩の鞠子に語って聞かせている。鞠子というがこれは苗字で本名は「鞠子裕貴」という。ぼくの「清己」という姓といい、「鞠子」といい、苗字だけだと女に間違われる。間違われて困るという悩みを共有できる後輩が鞠子だ。
 鞠子の通う県立F高校に放課後の時間をつかってやって来ている。鞠子の所属する写真部の活動が行われている、生徒会室横の空き教室だ。ジュースを飲みながら「新盆の法要に友隆小父が来なかった話」をした。
「忙しかったんでしょ」あっさりと鞠子はそう言った。「夏休みも休めないぐらい忙しい人だって前に言ってたじゃないですか」
 ぼくがあんまりにも友隆小父のことを話すので、鞠子は「東京にいるかっこいいおじさん」として友隆小父のことをすっかり把握してしまっている。
 鞠子の意見に、ぼくは「どうかなあ」と唸った。
「夏休み前に電話した時は、顔出すって言っとったし」
「予定が変わったんでしょ」
「なあんか最近、よそよそしいんだよな」
「元々そういう人なんでしょ。他人に興味ないって」
 面倒臭そうに鞠子は答えた。中学で同じクラブ活動に所属していただけの鞠子とぼくは、何故か馬が合って、それ以外でも仲がいい。進学先は別なのにこうして押しかけてしまうぐらいだ。
 七ってなんなんだろ。そう呟いたぼくに、「清己先輩は東京のおじさんのことが好きですよね」、と鞠子が言った。
「おう、お気に入り。かっこいいもんな。おれも絶対に東京行ってああいう風に暮らす」
「そういう意味で言ったんじゃないですけど……。そんなに気になるなら電話でもなんでも聞けばいいなじゃないですか。どこ行ってたの、とか、好きな人って誰、とか」
「ばっか聞けるかよ。かっこいいってことはつまり、怖ぇんだ、友おじさんは」
「はあ」
「凄みって言うの? すげえ目で見っからな。まあ、そういうとこがもう憧れなんだけど」
「はあ」
 気のない返事をして、鞠子は読んでいた写真雑誌を放り投げた。椅子に深く沈み込み、すっかり天井を仰ぐ体勢で「課題やんなきゃ」と呟いた。
 鞠子は、真面目だ。受験生のくせに鞠子のところへ来て勉強を怠るぼくと違って、毎日の予習復習は欠かさない。その上部活動は写真部と生物部と、掛け持ちしている。週末は塾にだって行っている。家業の手伝いだってする。だらだらと無駄に時間を過ごすことは、鞠子にはないらしい。
 そんなに勉強が好きなら替わって欲しい。替え玉受験って、ちょっと前にどっかでニュースになったよなあなと呟くと、真面目な鞠子は面倒臭そうでも相槌を打ってくれる。そのまま喋っていると、教室の扉が開いた。一人の教師が顔を覗かせ、「まだ残っていたのか」と険しい声で言った。
「もうこの教室は閉めるよ」
「――あ、すみません帰ります」
 教師の方を向くと、目が合った。黒縁眼鏡の真面目で硬そうな教師だ。年齢は友隆小父と同じぐらいに見えた。ぼくを見ると一瞬だけ目を大きくして、わずかに身を引いた。「その制服はT学園か」と上から下までぼくを眺める。
「来校者のスリッパを穿いていないな。学年と名前は」間髪入れず鋭く問われ、全身に緊張が走った。
「――あっ、T学園三年の、清己です」
「――三年、清己、」
「はい、あの」
「部外者は許可なしに校内へ入ってはいけない。次からはきちんと事務室を通って来るように」
「すみません、おれが入れました」
「鞠子、よそでやりなさい」
「すみません」
 ずいぶんと厳しい教師だ。鞠子に教室の戸締りを念押しし、隣の教室へ行ってしまった。「ああー、七嶋きびし、」と鞠子は唸りながら窓を閉めた。しちしま。七? ぎくりとした。
「――いまの、シチシマ先生、っていうのか?」
「そう。生物の先生すよ。もう一個の部活の方で世話になっています。厳しいけど、悪い先生じゃないです――けど、厳しい」
「シチシマってどう書くん」
「七つの、嶋はやまへんに鳥、だったかな。変な噂の多い人でさ。右目、見えてないとか」
「――え」ぞわりと冷感がこみあげた。「なにその、サスペンスホラーみたいな」
「だから噂です。試しにこないだ本人に訊いてみたら、見えてるよ、と笑われました」
 行きましょうか、と鞠子はぼくの分のかばんも自然に取って、寄越す。揃って学校を出てからも、考えていた。あの漢数字が苗字や名前の一部ということは、ありそうだ。
 数日間考えて、埒があかなくなり友隆小父に電話を入れた。
 そのことを直接聞くつもりではなく、名目は「東京でひらかれる講習会に参加するかもしれないから」にした。友隆小父は人に興味を持たないが、その代わり怒りもしない。うるさがったりもしない。大人でも子どもでも平等に接してくれる。
「――母さんがいいって言えば、だけど」
『それは自分で説得しろよ』
 友隆小父はそう言って笑った。明るい笑い声はあまり聞きなれない分、胸にじわっと来る。
 友隆小父が田舎を嫌がっていることは知っている。都会的でスマートな友隆小父に憧れて、ぼくが一方的に懐いているだけだ。田舎の高校生のぼくに親しくしてくれたり、怖い顔で葬式を抜け出したりと、色んな面を持っている。
 知らないことは――友隆小父のことならば、知りたかった。欲が口をついた。「なあ、好きな人って、どんな人」
『――いきなりなんだ』電話の向こうで息を吐く音が聞こえた。
「――いや、なんか、今後の参考に」
『参考になんかなるか』低い声で笑っている。
「いいじゃん、興味あるんだよ」
『――興味、ね。――んん、真面目で神経質で、許せないものには徹底的に厳しい』
 とっさに思い浮かんだのが、鞠子の高校で見た七嶋という教師だった。続けて小父は『でもおれは嫌じゃない』と答えた。
 心臓がどくんと大きく唸った。
『美意識が高すぎてだいぶおかしい』
「眼鏡かけてる?」
『さあ』
「片目の人とか」
『変な本でも読んだか、慧介』
「その人と付き合ってるんでしょ?」
『これ以上は言わない。もう、寝ろよ』
 早々に電話を切られた。電話機を片手に持ったまま考え事にふけった。似ている、気がする。偶然だろうに、少しずつ符合してゆく。
 机の引き出しに手を伸ばし、小父のメモを再び眺めた。鉛筆で書かれているから、日が経つにつれ炭素が削れて文字が薄くなってしまった。
 この住所にもしあの教師がいたら。そう考えると、鳥肌が立った。
 小父の秘密が知れるだろうか。


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ellyさま(拍手コメント)
こんにちは。いつもありがとうございます。
更新を毎日待っていてくださったなんて…! これ以上の喜びはございません!

ミステリアスでマッドでうすら暗いような…! という、今まであまり書かなかった色に挑戦しているので、お気に召して頂けるかが不安でした。楽しんで頂けているようで、安心ですw
そうは言っても、今回の慧介くんは実にのんきな終わり方をします。一連の流れから言うと、ちょっと雰囲気が異なります。それでもお楽しみいただけたらと思います。慧介くんは本日更新分までです。

暑さ、本当に参りますね。それでも私の暮らす地域は朝晩の気温がかなり下がるようになりました。そうは言っても八月も折り返しです。あとちょっと、でしょうか。
ellyさんもお体ご自愛くださいね。
さて、本日も夕方5時、どうかよろしくお願いいたします!
粟津原栗子 2013/08/14(Wed)07:23:27 編集
Oh!
のんびり待っておりましたら、七色の続きがアップされたではありませんか!

今度は、七と清ふたりを知る(というか、ふたりと出会ったことのある)人の登場ですね!ふたりの醸し出す、新しい色彩を見せていただけそうで、わくわくしています。

ところで、清己って苗字だったんですね!
他の登場人物たちの名前が苗字だったのにもかかわらず、名前だと信じ込んで読んでいました。
良く考えれば、会社の同僚杣谷氏が下の名前で呼ぶのは少し親しすぎるかもしれないですよねぇ。栗子さんに一本取られた~、って感じです。ヤラレタ。

「七人の口から語られる七嶋」というアイデアを使っていただけるというので、とても楽しみにしていました。慧介君が5人目だから、あと二人、語ってくれる人がいるのかしら?

慧介クンと鞠子クンの関係も気になっています。この子たちのお話も栗子さんの中には育ちつつあるのでしょうか?なんだか良い関係のようなので、機会があれば読ませていただきたいです。
Bei 2013/08/14(Wed)12:44:15 編集
Re:Beiさま
こんにちは。いつもありがとうございます!

>のんびり待っておりましたら、七色の続きがアップされたではありませんか!
>今度は、七と清ふたりを知る(というか、ふたりと出会ったことのある)人の登場ですね!ふたりの醸し出す、新しい色彩を見せていただけそうで、わくわくしています。

今回のお話は、若干のんびりというか、気楽にしてあります。
サスペンス仕立てとか、ミステリー仕立てとか、一度やってみたいとは思っていて、そんな構成力などありませんでした。残念です(笑)

>ところで、清己って苗字だったんですね!
>他の登場人物たちの名前が苗字だったのにもかかわらず、名前だと信じ込んで読んでいました。
>良く考えれば、会社の同僚杣谷氏が下の名前で呼ぶのは少し親しすぎるかもしれないですよねぇ。栗子さんに一本取られた~、って感じです。ヤラレタ。

やった一本取りました(笑
どっちでもいいかなと思いつつ、でも苗字かなー、ぐらいのスタンスで使っていましたが今回慧介くんを出したのできちんと決めました。清己は本名を「清己友隆」といいます。
まぎらわしい名前が好きです。紛らわしくないのももちろん好きです(笑)

>「七人の口から語られる七嶋」というアイデアを使っていただけるというので、とても楽しみにしていました。慧介君が5人目だから、あと二人、語ってくれる人がいるのかしら?
>慧介クンと鞠子クンの関係も気になっています。この子たちのお話も栗子さんの中には育ちつつあるのでしょうか?なんだか良い関係のようなので、機会があれば読ませていただきたいです。

はい、あと二人、語る子がいます。合わせて三回かな。楽しんで頂ければ嬉しいです。
七嶋のことを、というよりは七嶋と清己のことを、ですね。(だからタイトルも「彼等」なのです。)頂いたアイディア、うはうはで使わせて頂いております!ありがとうございますw
慧介くんと鞠子くんは、七嶋と清己の高校時代にリンクさせるようなつもりで書きました。現代っ子だなあ…という。なあんにも悩みがなさそうな慧介くんに鞠子くんは余裕をもって対応できるような、そんな二人ですw

さて本日もよろしくお願いします!


栗子
【2013/08/15 06:25】
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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