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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 アパートで七嶋に抱かれた。男として、同じ男に咥えさせるのも尻を弄られるのも挿入されるものどうかと思って始めたが、流されてしまえばそんなのは大したことではなく、すんなりと出来てしまった。婚約者とのセックスとは完全に別物で、とにかく性の快感しかなかった。七嶋は上手い。触れ方もそうだが、心の掴み方が。
 冷たい目で見下ろされ、「はじめてなのにいいなんて淫乱ですね」と蔑まされるのがたまらなかった。深い場所を抉られて、目の前に星が霞む。毛布を必死で掴み、布団を唾液で汚しながら、腰を振った。痛いのも苦しいのもすぐ良くなる。七嶋に征服されている喜びを感じた。
 これまでの三十二年間は一体なんだったんだろうか。人生を顧みてしまうぐらいのセックスだった。婚約者への罪悪なんてものは全く感じなかった。それよりもこんなことを覚えて一度きりで済むのだろうか、という不安が胸の奥で膨れはじめる。
 事が済むと、七嶋はさっさと離れた。疲れすぎて声もかけられない。終わって冷静になった頃の方が、心臓の高ぶりをリアルに感じ取れた。身体をめぐる音に聞き入りながら布団の上に寝転んでいると、戻って来た七嶋に「水と煙草、どっちがいいんですか」と訊ねられる。
 右手にグラスを、左手に封のあいた煙草のパッケージを持っている。ここへ来て緊張を紛らわすために吸って、そのままテーブルへ置いていたものだ。松田は「タバコ」と答えた。
「ぼくにも一口ください」
 そう言って七嶋はライターを擦った。自らの口に咥えた煙草に火を点け、深く肺に吸い込み、吐く。吐き出された煙がゆるゆると天井へのぼって行った。七嶋は本当に一口だけ吸ってから、松田の口元へ煙草の吸い口を差し出した。先ほどまで散々自分を弄り回した指が唇に触れると、身体にぴりっと電流が走った。
「――吸わない人だと思ってたわ」同じように吸い込んで吐き出してから、松田は呟いた。煙が肺に浸みて、目が覚める。
「学生の頃ちょっと覚えただけで、普段は吸いません。これぐらいのことは誰でもやるでしょう」
「まあ、な」
 誰でも、の部分に七嶋が当てはまることを意外に思いつつ、頷いた。そういえばどんな学生だったと言うのか。七嶋の身体を知ったいま、もっと内側の部分に興味が沸いた。
「七嶋さんて、趣味、なに」
「唐突ですね」
「この部屋じゃ休日なにしてんのか、想像つかないからさ」
 相変わらずきちんと片づけられた部屋だ。上着やカバン、おそらくは学生の頃から使っていると見える一枚板のデスク、本や書類。必要最低限の生活しかこの部屋では探せなかった。
 松田の視線の先を読んで七嶋は静かに微笑んだ。「多趣味なんで色々やっていますよ」と言う。
「片付けないと気が済まない性質なので、押し入れに仕舞い込んであるんです」
「なに入ってんの」
「イーゼルや油絵具や、スケッチブック。……最近は見る専門になってきたので、雑誌や画集。船の模型。望遠鏡と星座版。箱庭は作りかけで、ああ、旅行鞄も入っています」
「へえ、旅行すんのか」
「東京によく行きます」
 意外な台詞だった。家に閉じこもって本ばかり読んでいるようなイメージがあったので、どこかに出かける七嶋を想像したことがなかった。それも東京とは。また。
「遠いとこ出かけるんだな」
「それでも一日で充分行って帰って来れます。交通の便がいいですから」
「どっか行くとこがあんの?」
「んー……散策するエリアを決めて、ひたすら歩きまわる、だけです。途中、美術館や博物館を見つけると立ち寄ってしまいますが、特に明確な用事があるわけじゃないんです」
「わざわざ行くのにか?」
「行くだけです」
 七嶋はそう言い切り、片膝を抱えた。気だるげに髪を掻く。肘や上腕部の裏側、腋の窪みや胸筋があっさりと示され、同じ男であるのに身体が疼いた。ここまでぞくぞくする色香を放つ男だと知らなかった。
 そのまま肘をついてそっぽを向いた横顔を、また食い入るように眺める。七嶋は二・三度瞳を瞬かせ、「高校の頃から、好きなものや憧れは全部そこにあるので」と大きく息をついた。
「行きたかった大学とか、見たい絵の飾ってある美術館や、転校してしまった友人、そういうのが全部あるのが、東京です。……――どんなところか、見たいだけなんです」
「見たいだけ、っていう割には思い入れが深そうだけど」
「散歩するにはちょうどいい街ですよ」
 適当に松田を躱し、七嶋は再び立ち上がった。服を着始めたので、松田も灰皿代わりの空き缶に煙草を押し潰す。
 シャワーを借りて早々に部屋を立ち去った。長くいると、つい「次は」と訊ねてしまいそうだった。もっとも七嶋は、松田のそういう浅ましい心をすっかり掌握していた。「結婚式は来週末でしたね」と松田に確認し、「じゃあ、それまで」と、含みのある言葉で松田を帰した。
 一度覚えてしまうと意識はそこにばかり向かう。七嶋を思うと身体が昂ぶり、尻奥がむず痒くなり、刺激がほしくなった。披露宴までのわずかな期間に、松田は何度も七嶋を求めた。学校でした時は最高に興奮して、突っ込まれている最中は漏らしっぱなしだった。
 放課後の空き教室で、尻を淫らに剥き出している自分。突っ伏している机には生徒の落書きやカッター傷が彫りこまれ、背徳感で足がふるえた。鍵をかけてあっても、学校だ。七嶋を受け入れながらも尻を強く張られ、「生徒が見ているかもしれませんね」と耳の傍で囁かれる。じんと脳髄まで痺れた。
入口から奥から激しく突かれ、何度目か分からない射精をする。それから松田の中ではいかなかった七嶋の性器を口に咥えた。男の性器なんか初めて咥えた。もう夢中だった。
 生物室に顔を出す野上の無垢な笑い顔を見るたびに、本当のところ七嶋はおまえなど眼中にない、と優越感に浸れた。いまは澄ました顔で野上に応じる七嶋が、眼鏡を外し服を脱ぐとどうなるか。小僧が泣いて逃げ出すような性癖を共有していると思うと、鳥肌が立った。被支配の喜び、秘め事と圧倒的な快楽。恐怖にも似ていた。
 披露宴直前の金曜日、校門の前で婚約者が待っていた。仕事が終われば七嶋の部屋を訪ねるつもりだった松田は、婚約者の思いがけない登場を煩わしく思った。彼女も教員で、隣の区の公立小学校に勤めている。多忙な中やって来た婚約者を無下には出来ないと分かっていて、内心面倒臭かった。
「――なに、どうしたの」婚約者とは昼間に電話をしたばかりだった。「なんかあった?」
「このままじゃちょっと……乗って?」
 促され、婚約者の乗って来た乗用車に乗り込んだ。家まで来られるとさらに面倒臭い。式を挙げた後、夏休み以降は同居となるのだから、それまでは一人を楽しませてくれないか、という勝手な思いがあった。
 同僚の紹介で知り合い、特に不可はなかったので付き合いはじめ、付き合いが長くなったので結婚に至っただけ、というのが松田と婚約者だ。ある程度の年齢に達した者が社会に示すけじめや体制、役割、とも言える。とても都合が良かったのだ。それを婚約者も承知しており、披露宴を前にして二人はとても淡々としていた。
 目前だからと言ってマリッジブルーで泣き出すような女ではない。演技ですらそういうことは出来ない真面目な女なのだ。それでもいきなり泣かれたらどうやって車を停めればいいだろうかと考えながら、行き先も告げず黙って運転する彼女に声をかけた。「なあ、どうしたんだ」
「なにか不安に思うことでも出てきた?」
「不安ていうか、確認」
「うん?」
「あたしたち、明後日結婚するのよね」
「どうした、今更」
 まさか本当にマリッジブルーか、と驚いた。今更取りやめようと言われても出来ない事柄だ。続けて彼女は「婚姻届はお式が終わって出しに行く、私があなたのところへ引っ越すのは夏休み中、子どもが出来るまでは共働き、よね」と手帳でも読んでいるかのように二人の予定を述べ上げる。
「うん、そうや。どうした?」
「いえ、なんでもないの。ただあなたに聞いておきたかったの。なんだか最近急に、よそが楽しいみたいだから」
「――」
「独身でいたいからやっぱり、ってなるのは私もあなたも困る。それを確認したかっただけ」
 身体中を冷や汗が伝った。
 どこでどう知ったのか、松田の不貞に婚約者は気付いている。極めてドライな結婚とはいえ、妻になる人間は鋭かった。根拠は全くないが、絶対に気付かれやしないさと高をくくっていた。どう言ったものか言葉がさっぱり思いつかず、汗で濡れる手のひらをしきりにシャツの裾で拭う。
 婚約者は海沿いの国道をすっ飛ばし、途中のパーキングで折り返して松田を家まで送ってくれた。今夜は大人しく寝ていろという意味か。別れ際に「お式は予定通りよ」ときっぱりと言い放ち、松田の両親には挨拶はせず、帰って行った。松田は途方に暮れた。
 落ち着かない心を落ち着かせようと、縁側で煙草を吸った。彼女の「予定通り」の台詞がぐるぐるとめぐり、ちっとも冷静になれない。吐き気がするほどうんざりした。こんな女と一生は過ごせない。結婚後の生活がおぞましいものに思えてくる。
 これが死ぬまで続くんだろうか、と思うと気が遠くなった。
 身体が勝手に七嶋へ向いた。七嶋がめちゃくちゃに抱いてくれれば、このさむしさは一時でも紛らわせると思った。実家を飛び出し、走って七嶋のアパートへ向かう。学校近くにある七嶋の部屋にはほんわりと明かりが灯っており、松田の心をいっそう淋しくさせた。
 インターフォンを鳴らす指が、ふるえている。走ったせいで気管支が痛い。ほどなくして姿を見せた七嶋は、松田を見てわずかに瞳を大きくした。
「今夜はもう来ないと思いましたが」
「……」息が切れて声が出ない。
「最後ですね。どうぞ」
 これで終いにはしたくなかった。嫌だいやだと駄々をこねて、どうにかして来週からも関係を続けるつもりで、部屋に上がった。二人で裸になってしまえば、支配してくれれば、救いがあると思った。
 息を切らし汗まみれでいる松田のために、七嶋は風呂を沸かし直してくれた。待っている間に冷茶も出してくれる。どうやろう、と考えながら部屋を見渡していると、机の脇に小さなボストンバッグが用意されているのを見つけた。
「――ああ、ちょっと出かけようと思いまして」視線に気付いた七嶋が答えた。「目もだいぶ慣れて来たので、久しぶりに」
「週末に、か」
「松田先生の披露宴に、ぼくは出席しませんので」
「来ればいいのに」
「まさか。同僚とはいえ、ぼくほど場違いに思われる人間もいませんよ。ろくな余興も出来ませんから、いても役には立ちません」
 松田は黙った。薄情な言い方に胸が痛くなったが、事実は(世間一般が七嶋に抱くイメージは)その通りだ。それに七嶋がもし来たら、きっと意識してしまう。舞台裏でひどいことをされたくなる。出席者や親類縁者や花嫁の前で七嶋と痴態を繰り広げる自分を思い、身震いした。あってはならないことなのに、そうされる自分を想像している。
 七嶋が洗面所へ引っ込んだ隙に、旅行鞄を探った。いけないことだという意識はなかった。松田がつまらないイベントをこなしている間に七嶋はどこへ行こうというのか。行き先を、降りる駅を知りたかった。旅行鞄の外側のポケットに古い文庫本が入っていて、切符はそこに挟んであった。東京、と掠れた黒インクで印字してある。
 同じ文庫本には、切符の他にもう一枚、写真が挟んであった。四隅がよれて丸くなっている。写真の中には少年が笑って立っていた。修学旅行のスナップ写真にありがちな縦長のアングル、有名な寺社を背景にしてスラックスのポケットに手を突っ込み、こちらを振り返っている。黒縁の眼鏡の向こうの瞳は自信満々に弧を描き、煌くような存在感を放っている。
 うちの学校の生徒ではない。制服は七嶋の母校のものだ。写真自体にも月日が感じられる――瞬間、松田は分かった気がした。七嶋がなぜ黒縁の眼鏡を選んだのか。なぜ東京へ行くのか。憧れているものはみな東京にあると言っていたじゃないか。
 結局おれは、誰からも必要とされていなかった。
 写真と切符を一緒に握り潰し、ズボンのポケットに突っこんで七嶋の部屋を出た。猛烈な寂しさが、埋められない。


End.


 


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美冬さま(拍手コメント)
こんにちは。ようこそw

スパークリング・レモンをお楽しみになったのですね。カワムラさんの書く男の子は本当に可愛くて小生意気でポップでカラフル、私も読んでいてきゅんとしました(笑)
ぜひライム・ビターも(こちらは渋いんですが)お楽しみくださいね。

そして七嶋さん。↑のお話の後に読むとまた落差がひどいような…(笑)
美冬さんが鬼のようなこと仰っていましたが、実は私もそう思います。松田さんは、淋しさはあまり知らず、器用に生きて来れた人なんでしょうね。
今回だけ年月が戻りましたが、本日更新からは再び現代に戻ります。清己もようやく出てきます。どうぞお楽しみに。
拍手・コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2013/07/24(Wed)08:11:45 編集
ellyさま(拍手コメント)
いつもありがとうございますw

今回のお話は、主人公ごとにテーマを設定してあって、1話目の篠宮くんは「初恋/初恋に似たもの」、2話以降の松田さんはずばり「毒」です。ものすごく人のダークでどうしようもない部分を書きたかったお話です。
こんなに人を狂わせておいて、七嶋は本当に一途です。松田さんが報われる日はありません。何処にも行き場がない、と仰いましたが、その通りです。
松田さんが立ち直るといいな、というよりは、これだけひどいむなしさを知れて良かったじゃないか、という気持ちが私にはあります。松田さん、ようやくこれから、です。

本日はようやく清己の登場です。どうぞお楽しみに。
またがらりと色を変えました。ギャップもお楽しみいただければと思います。
粟津原栗子 2013/07/24(Wed)08:27:40 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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