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7. 青に金銀
明るい場所から暗い場所へいきなり飛び込んでも、一分も数えればちゃんと目は暗闇に馴れる。目を開けてじっとしていると、瞳孔がひらく瞬間が分かる。急に視界が動き、闇だと思っていたものに、わずかな光や影を見出せる。世界の正体が少しずつ明かされて、安心と失望を一度に思う。
夜は走ることにしている。トレーニングコースと称して行き先は学校だ。朝になればまたここへ来るというのに、夜中の学校をただ眺めて帰ってくる。そういうのを気まぐれに繰り返していたらいつの間にか高校二年も終わる。
学校の表門も裏門も閉まっているが、門扉を超えるのは簡単だ。学校で折り返すのがいつもだが、たまに侵入する。外灯の下を素早く抜け、中庭へ向かう。第一校舎と第二校舎の間にある中庭は外灯が届かず、本当の夜(に近いもの)を感じられるのが好きだ。しばらく目を開けてぼうっとしている。やがて瞳孔が開いて闇の中に微かな光や影が見え出す。
世界が急に煌き出す瞬間に、毎度ため息が出る。
暗く重く空へ突き抜けるような校舎の天に、星がある。町中じゃ屑としか思えない光もここまで来れば星座になる。足元の芝生が凍っている。誰かが投げ捨てたごみも分かる。暗い教室のカーテンや、壁に描かれた落書きまで見える。バカ、とか、スキ、とか、死ね、の文字。
みんな好き勝手で、鬱屈していて、力があって、そのくせ自分だけじゃどうにもならない物事だらけの、ばかになって騒ぐしか出来ない時代をまとまって過ごす場所。
お喋りで人に干渉しすぎる町も、学校も嫌いだ。だから夜、わざわざこうして大人しい時間を見計らってやって来る。
◇
小さい頃のおれは、家の明かりがついていれば消してまわるような奴だったそうだ。
普通、子どもなら逆だ。明かりがついている方が安心する。一人で留守番させていると真っ暗闇でごはん食べているんだからびっくりしたわよ、と母親はよく語る。暗いところにじっと目を開けて過ごしているので、この子は霊感が強いんじゃないか、云々と。
おれにそんなものはない。死んだ人の魂どころか生きている人間の思うことだって分からないし、未確認飛行物体を発見するには、昼間の飛行機にも興味が薄い。現代人の範囲内で生きている。
暗がりの、瞳孔がひらく瞬間とひらいてから見える部屋の様子が好きで、家の明かりを消していたのだ。
それに気付いたのはいつだったんだろう。わりと早くから、暗い場所では黒目の大きさが変わることは知っていた。闇で目を開けていることは、おれにとってとても楽しい一人遊びだった。
ぼんやりと浮かんでくる、物々の輪郭。外で誰かがやっている花火の閃光と閃光で出来る影。夜も深くなれば今日も誰かが寝て、電気を消す。消した分の明かりは空に灯るんだと、本気で信じていた頃もあった。
窓を開け放してみること。大気は深々と響き身体と同じ音を出すこと。車が通って遠ざかること。空気が冷え込んできて、肺が痛くて咳が出ること。指先に血が逆流して、寒いのに急に火照りだす限界があること。
小さな事実が感動として迫ってくる。だがこれは夜に限る。昼日中、日常生活でこんなことに心を奪われていては到底暮らしてゆけない。
◇
三月の屋外は、特に夜間は、まだ冷える。足元から冷気が浸み込んできて身震いし、後ろを振り返った。背後には黒々と巨大な校舎がそびえ立っている。
暗闇の学校を抜け、また走り出す。途中、町の中心部を流れる川を渡る橋の袂で七嶋と出くわした。画塾を遅くまで使わせてもらったのだろう。厚手のウールジャケットを着て、画材を入れる帆布材の鞄を下げていた。
白い外灯の下に黒い上着だと、七嶋にはまったく色味が見えなかった。時代の分からない白黒写真のようだ。身体の輪郭に光が追いついていない。半分ぐらいはたっぷりと闇に溶け込んでいるその姿に、背筋がぞくぞくして鳥肌が立つ。
「――キヨ、お帰り」ほとんど表情を変えずに七嶋は言った。「今夜はちょうどいいものがあるよ」
明日学校で渡すつもりだったという紙袋を受け取る。中には手のひらに乗るようなサイズのりんごがみっつ入っていた。「デッサンの課題だったやつ」と七嶋は教えてくれた。「ちょっと古くなってるかも。輸入ものだから、すっぱいかな」
「ほんとだ、少しやわらかい」受け取って、意外と重みがないことに気付く。「また果物か、おまえは」
「明日、部活へ来るだろ、清己」
「――ああ、行く」
「先生から包丁とまな板借りて、みんなで食べよう」
七嶋に合わせて歩きながら、ぽつぽつとりんごや画塾や部活動の話をした。不意に七嶋は立ち止まり、空を見上げてからこちらを見て、「引越しの準備は進んでいるのか」と訊いた。
現在は三学期の終わりかけで、三学年の生徒はすでに卒業している。テストも終了し、ろくな授業らしい授業はない。二日後の終業式後すぐ、おれは東京へ引っ越す。父親に転勤について行く。編入先の試験も受け終え、通う学校もすでに決まっている。
町を去ることに未練はまったくなかった。きっと東京という場所は、ここよりもはるかに水が合うだろうと思っている。この土地のことが本当に嫌いだ。遅かれ早かれ、大学進学でここを出ることは決めていた。
唯一七嶋のことだけが辛いと思える。目が。瞳孔がひらいた後で分かる星空みたいな光の目が、おれをずっと見ていると知っている。しつこく追いかけられて、背中の後ろの毛が逆立つ感覚をいつも味わっている。この目にもう見られないかと思うと、身体が急に頼りなくなる。
つむじの周辺ばっかり癖毛で巻く後ろ頭や、絵具が付きやすい左腕の内側の肉。名前を呼んで振り向かせたときの無防備にあく唇や、インクを飛ばして染みをつけてしまった背中の骨筋や。
そういうものがもう一切触れない場所へ行ってしまうことがどれだけ日々のダメージになるだろう。まるで半身が欠け落ちたような涼しさを、引越しを決めてからずっと感じている。
「明日、部室の片付け手伝えよ」七嶋にそう告げた。「ロッカーや倉庫や、全部片付けて引き上げるからさ」
七嶋がきつい目でこちらを見たが、気付いていない振りをした。
七嶋がりんごをくれるなら、おれにだってあげたいものがある。
ロッカーには、絵具がある。いつか使おうとして結局使わないでいた油絵具だ。好きな画家を真似てイエロー系とブルー系の絵具をいくつか揃えたのに、絵は描かなかった。使う予定もないのに惹かれて買ってしまったシルバーの絵具も混ざっている。これらを、七嶋にやろう、と。七嶋が絵を描けばそれだけで良かった。
「明日から暖かくなるらしいよ」七嶋が言った。「空、そろそろ霞んじゃうかな」
「七嶋さ、星座って分かる? おれあんまり知らないんだよね」
「そんなわけないだろ。キヨの方が詳しいよ。いつも見てんだろ」
夜の学校へ忍び込んで空を見上げていることさえ、七嶋は知っているんだろうか。こいつと離れるなんて、おれは本当にどうかしている。
離れたくない、でも行くんだ。
星座はオリオンと北極星しか分からない、と七嶋が空を指す。その白い指先を、三秒見つめて目を閉じた。そして息を吸い込みながら目蓋をひらき、紺地に微かな金や銀の星々を数えはじめた。
End.
← 10(平林)
テーマ通りに書けたかは謎ですが、こういう書き方もいいなあと思って書いておりました。またいつかやりたいと思います。
そして。70万hit!これは気付きませんでした…!!!Σ(@△@)
本当に、ほんとうにありがとうございます。そうですかー。70万かー。
特になにをする予定はありませんが、ここまで続けて来られたことが、感慨深いです。
樹海カップリング投票。ご覧いただけましたか。
あれは一日経つと再投票出来る(だったかな?)設定で、レモンライムの2人は4位でしたが、大健闘でした。きゃっきゃきゃっきゃとお祝いしていると思います、アジフライで(笑)
桃井くんモデルの写真家さん。この場ではおおっぴらにはいたしませんが、メールフォームからメールを頂ければ、お教えいたしますよ。もし興味ありましたらどうぞ。
印象に残ったお話の感想もお聞かせくださいね。
これからも好きに楽しく、精進してまいります。よろしくお願いします!
お話、お気に召して頂けて何よりです。
松田さんは、このシリーズの中で一番書きやすかったです。松田さんと清己(青に金銀)は初めから「コレ」という色を決めていたので、あとは好きにやるだけというか。趣味丸出しでした(笑)
逆に、書きにくかったのは杣谷さん。どうしてもキャラクターが決まらなくて、苦労しました。
メモ書き、載せるか載せまいか迷ったのですが、今までとちょっと違うことをしたので、補足のつもりで載せました。少しでもお楽しみの足しになっていればいいなと思います。
さてそろそろ、いい加減に新連載を…と思っていてなかなか進みません。汗
ですが必ず更新いたしますので、その時はよろしくお願いいたしますね。
拍手・コメントありがとうございました!
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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