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 日曜日に部活動はなかったので、開店直後の洋菓子屋に突入して、ケーキを購入した。晴の感覚では祝いごとならホールケーキだろうと思うが、それぞれにリクエストがあるので、ピースケーキを選ぶ。駒川の好きなムースの類は、りんごのムースとキウイフルーツのムースの二種類があり、迷ったので、公平に皆二個ずつ買った。好きなものを分けあえばいいと思う。
 ここのところ良い天気が続いている。駅前の繁華街から駒川の自宅まではバスで四十分ほどかかる。バス停からも十分ほど歩いたはずだ。駒川の家には何度か行ったことがあり、子どもたちも、晴の顔をもう覚えている。
 家に着いたのがちょうど開始時間の十分前だった。駒川の娘――今日の主役である奏(かな)が出迎えた。彼女は九歳、この春小学校四年生に進級したばかりだ。弟の颯介(そうすけ)はまだ幼稚園生だ。でもかなり喋る。
「ハレちゃん!」と奏が叫ぶ。頭には、駒川が編んだカンカン帽をかぶっている。上手いものだと思う。大きなケーキの箱を渡してやると、彼女は「ありがとうございます」と覚えたての敬語で答えた。
「お父さんは?」
「あっちで料理つくってます」
 確かに家じゅうに、こうばしい香りがただよっていた。奏に案内されるままに、晴は進む。キッチンまでやって来ると、駒川は紺色のエプロンを身に着けて息子と共にちらしずしの最後の飾りつけをしているところだった。
 晴の顔を見て、ふっと笑う。つきりと心臓が鳴り、違和感を、晴は一瞬考える。
「――ようこそいらっしゃいませ」
「どうもお邪魔します」
「おとーさん、ケーキもらった。ケーキだよ、ケーキ」
「待て待て、食後の楽しみに取っておけなあ」
 テーブルの上にはご馳走の数々が運ばれる。から揚げやエビフライなど子どもが喜ぶ品がメインで、でも晴の好みに合わせてアボカドのサラダが用意されていて、嬉しかった。ちらしずしに、ちいさなココット容器にはグラタンもあった。
 子どもたちにはジュースをあけ、大人用にはビールやチューハイを出して、駒川はそれをグラスに注いでくれた。
「誕生日おめでとう、奏」
「奏ちゃんおめでとう」
「おめでと!」
 乾杯をして、宴は始まった。駒川の料理は申し分なく、子ども向けなら多少くどいかと思っていたが、するりと入った。途中、食べることに飽きてしまった子どもらはアニメーションのDVDを見始めた。それを遠目に眺めながら、駒川と酒を酌み交わし、料理をつつく。
「――このアニメDVDは今朝、元嫁から届いたんです」と駒川は子どもたちから目を離さないまま言った。
「……誕生日プレゼント?」
「そういうことですねえ」
「……会いに来たりは、しないんですか?」
「月一で会ってますよ。でも今日はお祝いできないって。明日から遠方で会議があって、今日の内に前乗りするそうです。それに子どもたち、とくに奏は、微妙な年齢になってきましてね。元嫁と会うと決まって不機嫌になるんです。甘えたいのに甘えられないからなのか、自立したいのに自立できないからなのか、きっと彼女の中で色んな要因と、葛藤があるんでしょう」
「……」ぐびり、とチューハイを煽る。
「ズィス・ファイト・オブ・マイ・ライフ・イズ・ソウ・ハード。――ってご存知です?」
「なんですか?」
「最近聞いた歌がそう言ってました。本当にね、so hard」
「……」
「でも楽しいですよ」
 とビールを飲んで、駒川は微笑んだ。しばらくの沈黙の後に、晴は決心して口をひらく。
「――振られたんです」
 駒川がこちらを向いた。
「例のあの子に、この春。振られたというよりは、失恋が決定しました。……子どもを連れて歩いているところを、見て、」
「……」
「ああぼくは、こんなに彼と添いたかったのに、もう、そんな人生は用意されていないんだと分かって――」
 本音を漏らすと、声がふるえた。そう、それがなによりも痛かった。望んでいたことは、叶わないこと。ほぼ諦めていたことだったけれど、奥底の一点ではずっと期待していた。晴はうつむく。駒川は一言、「かわいそうに」と言った。
「This fight of my life is so…hard」
「……はい」
「そう、……難しいものですね」
 駒川はとん、とん、とテーブルの上で指先を叩いて戸惑っていたが、その腕を晴の背にまわして、手のひらをあてた。晴は驚いて、顔をあげた。久々に感じる人の体温だと思った。
「――さすってもらうと楽でしょう。痛いの飛んで行け、というやつです」
「……あまり優しくしないでください。ぼくは男が好きな男なので、……優しくされると期待します」
「こんなときまで自分にブレーキかける必要はないと思いますよ。どうぞ、感情に素直に」
 そんなことを言うから、泣くつもりなんかなかったのに、泣けた。情けなくなる。目元を手で覆い隠し、「すみません」と謝るも、駒川はやさしく背を叩き続ける。
 ひとしきり泣いたら、感情の昂ぶりが徐々に治まってきた。駒川がお湯で絞ったタオルを渡してくれたので、ありがたくそれを顔にあてる。
「――なにがしたいですか?」
 と駒川が訊いた。
「失恋記念。いままで我慢していて、出来なかったこともおありでしょう。なにがしたいですか?」
「……携帯電話を替えるとか、髪を切るとか、ひととおりやってしまいました」
「おお、そうでしたね」
「でも、落ち着かなくて」
「ぼくはもう一度ぐらい恋がしたいな、と思いましたよ。元嫁と別れたとき」
 駒川はそう微笑んだ。その顔を見て、元嫁、という単語を聞いて、心臓がつき、と痛んだ。
「もう苦いところもしんどいところもとことん味わい尽くしてますからね。今度恋愛したら楽しく、穏やかに恋愛できると思いました」
「……そういうのは、ぼくはもう、いいです」
「まさか。まだまだ、これから」
「……ごめんです。あの、気持ち悪い話かもしれませんが、たとえばぼくがこれから駒川先生を好きになったとして」
「――はい」
「駒川先生は女性が好きな方だし、お子さんもいらっしゃって大切にしてらっしゃるし。――ぼくに利がない。そういう思いを、もうしたくない」
 喋っているうちに、本当に苦い思いがした。駒川に失恋したような気分。
「……ぼくは、」
「たとえば、僕が野山さんを好きになったら」
 晴の言葉を制して駒川は朗らかに言う。仮定の話でも充分びっくりした。
「楽しいと思うけどな。毎日笑わせてやります。悲しい思いしている間なんかないぐらいね。確かに子どもはいますけど、ひっくるめて四人で楽しめる、と信じます」
「……ふたりがいい、と駄々をこねたら?」
「ふたりの時間もつくりますよ、もちろん」
 アニメーションがエンディングを告げる。奏がこちらを振り向いて、「ケーキ!」と叫んだ。駒川は「はいはい」と立ちあがる、その腕をそっと掴んだ。駒川は腰を宙に浮かせかけて晴を見遣る。
「――あの、……どこまで本気に、していいですか……?」
「野山さんが楽しいと思えば、どこまでも本気にしてくださって構いませんよ。――という言い方は、ずるいか」
「ずるいです」
「大人になるとずるい言い方をたくさん覚えますね。――この続きはまた、ふたりのときに」
「ふたり、……」
「大事なことなので、ゆっくり丁寧に話しあいましょう」
 にっこりと笑って、駒川は席を離れた。キッチンに向かい、冷蔵庫からケーキの箱を取り出す。「重いと思ったらケーキがたくさんだよ、奏」「すごーい!」「見せてー!」口々に叫ぶ声が聞こえる。
「わたしショートケーキと、プリン!」
「あ、だめだよ奏、プリンはきっとハレちゃんが食べるよ」
「ぼくもプリンがいい」
「野山さあん、プリンが人気なんですけどー」
 駒川が困り笑いをしながら晴を呼ぶ。まるでそこいらじゅうが眩く光っているようだった。
 好きになってもいいかもしれない、と思った。


End.


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作中出てきた歌詞はOWL CITY/Beautiful Timesより。歌詞が美しいです。




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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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