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 早がそれを告げてまず樹生が取った行動は、近くにあったコンビニエンスストアの駐車場に入ることだった。駐車場の隅に車を停め、エンジンはアイドリングのままでふーっと息を吐くと、改めて早の顔の方を向いた。
「ちょっとあの、話を整理したいです」
 と樹生は言った。無理もないと思う。早は頷き、「どうせなら休憩にしましょうか」と申し出た。樹生を車に残し、コンビニでトイレを済ませると緑茶のペットボトルとシトラス系の甘い紅茶のペットボトルを選び、車に戻った。紅茶の方は樹生に渡す。
 受け取った紅茶を、樹生は喉を鳴らして飲んだ。ひと息に半分ぐらいは飲んでしまったので驚く。そうして喉の渇きを潤して、樹生は「ええと」と早に改まった。
「あのじいさん」
「はい、夏居さん」
「……が、おれのじいさん、ですか?」
「そうです。いつか話した方がいいのではと思っていましたが、夏居さんに固く口留めされていたので黙っていました。ですが年始に思いがけずあなたの姿を見て、気が変わったようです。死ぬ前にちゃんと会っておかないとと言って、よかったら旅館に来てくれと誘ってくださったのは夏居さんです」
 早もペットボトルのキャップを開けようとしたが、手にうまく力が入らなかった。それを見た樹生がごく自然な動作でキャップを外してくれた。
「母は、……両親がいない人だった、と茉莉が言ってました。父には父親がいないと聞いています。身寄りのないもの同士の結婚だったんだ、って」
「直生さんの担任をしていたころ、直生さんはすでにお母さまだけの家庭でした。直生さんのお母さまを私が最後に見たのは直生さんと美藤さんの結婚披露宴の時です。茉莉さんが幼いころに亡くなりましたから、樹生さんに父方のおばあさまの記憶はないでしょう。
 同じように美藤さんも母子家庭でしたが、直生さんのお母さまよりもっと早くに亡くなっています。頼る親類縁者もなくて、だから美藤さんは十代の大半を児童養護施設で過ごしました」
「……知らなかった、」
「茉莉さんがあなたに話していなかったら、それは仕方がないことだと思います。……その、美藤さんのお父さまが、夏居さんです」
「なんだっけ、あの、……嘉彦さん、でしたっけ。あの人と母さんはきょうだいとか、そういうことですか?」
「そうです、半分だけ。美藤さんのお母さんは、いわゆるお妾さんでした」
「夏居さんの?」
「ええ。夏居さんがよそで産ませた子どもが、美藤さんです。その経緯はよく知らないのですが、夏居さんは旅館経営者という立場で、それなりにお金も地位もあったんでしょう」
 樹生は黙り込む。この青年には酷なことをしていて、無理もないと思いながら、早は続ける。
「本当は美藤さんのお母さんが亡くなった時、美藤さんを家に引き取りたかったそうです。ですがまあ、体裁の悪い娘さんですし、美藤さん自身も窮屈な思いをすると分かっていたので、施設に預けました。それでその後、美藤さんと直生さんが出会って、結婚に至り、子どもが生まれて、夏居さんには外にも孫が出来ました。茉莉さんにはお子さんがいますから、ひ孫もいますね。それは本筋から外れるのでちょっと置きますが、……その美藤さんが事故で亡くなり、孫ふたりが路頭に迷っていると知った時も、夏居さんは相当悩んでおられました。私の主人があなたを引き取ると決めた時に、夏居さんはすぐに挨拶に来ましたよ。孫をどうかよろしく頼みます、と」
「……母さんはそのことを知ってたんですか、」
「美藤さんはご存知なかったと思います。知らないまま、あっという間に逝ってしまいましたね」
 車内に沈黙が下りた。樹生は大きく伸びをして肩を上下に動かすと、「なんだ」と言った。
「なんだよ」
「……」
「これからおれは、じいさんに会いに行く、ってことなんですね」
 その口調には皮肉が混ざっていた。早は言葉を誤らぬよう、丁寧に選んで発する。
「まだ引き返せます。行くの、やめますか? それはそれで樹生さんの選択です。夏居さんはきちんと受け入れてくださると思います」
「行きますよ」
 樹生は即答した。
「行って、……どうすんのかわかんないですけど、まあそうだな、うまいもんでも食わしてもらお」
 じゃあ行きます、と言い、樹生は再び車を走らせた。



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Beiさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
「なんだよ」は、思いますよね。私も樹生に言わせておきながら自分でも思っていました。早にも苦労が多かったと思います。
「夏居巌」という人物については、意図せず登場してきた、という感じです。これから夏居がどんなことを語るのか、語らないのか、楽しみにしていただけたらと思います。
本編はあと20話弱ほど続く予定です。当初の予定よりも長くなりました。そしてその後は番外編も予定しておりますので、まだまだしばらくはお付き合いをいただけると嬉しいです。

キリのよい数字を踏むと嬉しくなりますよね。報告をいただいて私も嬉しくなりました。
1000000のお礼については実は(喜んでいただけるのかどうかは置いて)書いていて、本編の更新に区切りがついたらと思って現在細かなところを見直しています。そんなのも、お楽しみに。
またぜひお気軽にコメントお寄せください。ありがとうございました。
粟津原栗子 2018/06/20(Wed)06:34:12 編集
拍手コメントでお名前のなかった方
読んでくださってありがとうございます。
「びっくり」の例えが面白く、いただいたコメントを読んでつい笑ってしまいました。
姉弟の境遇は本当に酷いもので、鬼か、というぐらいに詰め込んだわけですが、夏居巌のことは当初は構想にありませんでした。ただ、重要なポジションの人、ということぐらいは考えていました。
生きていれば様々な縁がありますが、血縁というものはいきなり特別扱いになるような気がしています。もちろん、それがよいか悪いかはおっしゃる通りですね。血縁でない縁の方が時に重要だったりもします。
物語自体はすでに終盤、あと数話で終わります。最後まで楽しんでいただけることを願っております。
拍手・コメント、ありがとうございました。またお気軽に。
粟津原栗子 2018/07/02(Mon)06:29:59 編集
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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