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茉莉と樹生は無言のままいったんは車に乗り込む。とにかく一刻も早くこの場を立ち去りたかった。茉莉に「シートベルト締めて」とだけ言い、樹生はあてもなく車を発進させる。
「――びっくりした」
しばらくして茉莉が口を開く。
「あんたが暴力ふるってるところなんか、見たことなかったから」
「おれだって驚いてるよ。……よく知らないけど、あの男も茉莉や母さんにはそうだったんだろ。親子ってことなんじゃない」
そう言って自嘲すると、茉莉はそう、とも、違う、とも取れるように曖昧に頷いた。
「あんたが横っ面叩いてくれたから、びっくりしちゃって、私が怒り損ねた」
「それでいいんだよ」
「大切な人には絶対にしないでね」
「うん、……しない」
自分の中の激しい暴力に身を委ねてみたものの、それはとても気分の悪いものだった。もしかしたら岩永直生もそうだったんじゃないかと想像する。そしてそれを先ほどの樹生と同じようにうまく制御できず、それの繰り返しで自分を責めたのではないかと。
「おれは岩永直生じゃない。だから、しない」
「――そうね」
闇雲に走らせていた車も、次第に落ち着きを取り戻す。ふと、茉莉が「湖がある」と言った。
「え?」
「ほら、これ湖じゃない?」
そう言って茉莉はカーナビの地図を指す。ここからそう遠くないところに、確かに水場があるようだった。
「行く?」と訊くと、「うん」と答える。
「湖岸を歩けるのかな。だったら少し歩きたい」
「じゃあ、そっち行こうか」
ナビゲーションをチラリと確認し、樹生はウインカーを出して真っすぐ行くはずの道を外れた。
湖には割とすぐに着いた。周回しながら適当な駐車スペースを探す。陽光がそろそろ頼りなくなる時間だった。「あの辺り停められそう」と茉莉がカーナビと道の先を照らし合わせて言う。その通りに湖の傍にあった広場に車を停めて降りた。風は冷たく、染みた。
小さな湖だった。所々に氷が残るが、鴨は湖面をすいすいと泳いでいく。湖の周りをゆっくり歩くことにした。樹生は何度か口元に手を当ててはジャケットのポケットに手を戻す動作を繰り返したが、茉莉は淡々と歩く。
ふと、茉莉が「あんたが羨ましいと思ってる」と言った。
「――え?」
「母親が死んで、父親は行方知れず。残された姉弟二人、私の唯一の理解者。そういう思いでいたけど、実はそうじゃないってこと」
と言われるのでますます分からない。ただ、茉莉の言い口にむなしさが滲んでいたので、慎重に聞き直した。「そうじゃない、ってのは?」
「さっきのあいつに言ってたじゃない。両親がいないことで不利益がなかったって。――あんたは良くも悪くも、親のことをほとんど覚えてないからね、ってこと」
「……」
「十年の差って大きいね。私は、母さんとあの男との記憶がある。家族が三人だった頃よね。初めはね、母さん笑ってて、あの男も笑ってて、私も笑ってたわ。小学校の入学式に二人とも来てくれたことを、覚えている。……そのうちあの男が安定しなくなって、母さんに当たったりしているのも、覚えている。あんたはそういう記憶が全くない。仕方がないよね。生まれる前の話だから」
茉莉は下を向き、ブーツの先で小石を蹴った。コンコンコン、と何度か跳ねて小石は湖に落ちる。
「どっちにも転べない。母さんやあの男と一緒にいて幸せだったんだ、とか、人生は最低で不幸だとか、……今日の話を聞いて、思えなくなっちゃった。あの男以上のエゴイストがいたんだ、ってこともよく分かったし」
「……今日のあいつは、最低だったよな」
「ホントよね」
「最低」
「うん、最低……」
言葉の最後はか細く、そのままその場で茉莉はしゃがみ込んでしまった。樹生はそっと手を伸ばし、背に触れる。
「――茉莉、」
「どうすればいいの、」
声は湿気をはらんでいる。やがて姉は肩をふるわせて泣き始めた。
「これから、どうしたらいいの……――」
樹生には答えられない。
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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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