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「――離して! 樹生!」
「茉莉、やめな」
「うるっさい!」
「それで僕を殺すかい?」
微動だにせず、晩は茉莉を見上げた。
「きみたちには残念だけど僕は簡単には殺されない。直生の遺体を探すために生きているからね。でも、最近は見つからなくてもいいかなって思うんだ。見つからなかったら、直生は一生、僕のものだから。直生への想いはそう、なんていうのかな。あの滑落事故で直生が死んでから、永久に凍結してしまったんだ。ずっと、もうずっと、融解を知らない」
あまりに歪な台詞に、ぐっと茉莉の体に力が入るのが分かる。彼女は歯を食いしばって樹生の腕から逃れようとする。それを渾身で押さえながら、樹生は「違う」と言った。
「あなたの、おれたち姉弟の父親に対する好意は分かりました。酷いエゴイズムだってことも」
「そうだ。間違ってるなんて百も承知さ。でも僕ぐらい自分の愚かさを正当化しておかないと、僕が可哀想じゃないか。僕は僕の人生しか生きられないからね。直生は直生の人生を生きた。僕も僕の好きに生きている。きみたち姉弟のことは哀れに思うよ。いろんなことに囚われて好きに生きられない……こんなところまで僕を追っかけてきて、復讐も成しえない、かわいそうな子たち」
瞬間、樹生は確かな意思を持って、茉莉の体を抱えたまま右腕を振り上げて晩の横っ面を思い切り叩いた。衝撃に晩はバランスを崩し、椅子ごと床に倒れる。一瞬の出来事に驚いたのは姉で、小さな悲鳴のような吐息の漏れが伝わった。
「いまのは、茉莉の分」
晩が崩れた先から埃が上がった。晩は体を丸めて小さく呻く。だがその呻きには、微かな笑いも含まれていた。
「おれの分はないです、残念ながら。おれには両親がいなかったことによる不利益がなんにもないから」
「樹生、」腕の中で茉莉が名を呼んだが、樹生はそちらを見なかった。
「これでおしまいです。もう一切あなたには関わらないし、会いもしません。姉が張った罠に引っかからせて申し訳ないと初めは思っていましたが、いまはそれも思わない」
行こう、と茉莉の肩を抱いて立ち去ろうとすると、晩はかろうじて起き上がり、「ジャンダルムだね」と言った。
「――え?」
「樹生くん、きみが生まれて少ししたころに直生が言ってたんだよ。『この子はジャンダルムみたいに強く立派で、守る人になってほしい』って」
晩は壁に貼られた写真を指で示した。早からもらった年賀状と似たような構図に収まった山の写真が貼ってある。
「直生が、直生自身から、あるいはありとあらゆる災厄から、美藤さんや、茉莉さんや、これからきみが愛する人を守る人になってほしいと、ジャンダルムの写真と子どもらの写真を見比べながら、そう言っていた。……まさにそうだな。きみはそういう人だ」
晩はもう立ちあがる気すらないようだった。床に手をついて、樹生を見上げる。
「きみたちをここに招いて全部を話す気になったのは、樹生くんがあまりにも直生にそっくりだったからだ」
「……」
「僕もあさましいな。きみがここへ来てくれたことを喜びだと思っているんだから。……ようやく会えたな、ってさ」
その台詞になにも返答せず、ただ姉の腕を引いて樹生は事務所を出た。
→ 59
← 57
「茉莉、やめな」
「うるっさい!」
「それで僕を殺すかい?」
微動だにせず、晩は茉莉を見上げた。
「きみたちには残念だけど僕は簡単には殺されない。直生の遺体を探すために生きているからね。でも、最近は見つからなくてもいいかなって思うんだ。見つからなかったら、直生は一生、僕のものだから。直生への想いはそう、なんていうのかな。あの滑落事故で直生が死んでから、永久に凍結してしまったんだ。ずっと、もうずっと、融解を知らない」
あまりに歪な台詞に、ぐっと茉莉の体に力が入るのが分かる。彼女は歯を食いしばって樹生の腕から逃れようとする。それを渾身で押さえながら、樹生は「違う」と言った。
「あなたの、おれたち姉弟の父親に対する好意は分かりました。酷いエゴイズムだってことも」
「そうだ。間違ってるなんて百も承知さ。でも僕ぐらい自分の愚かさを正当化しておかないと、僕が可哀想じゃないか。僕は僕の人生しか生きられないからね。直生は直生の人生を生きた。僕も僕の好きに生きている。きみたち姉弟のことは哀れに思うよ。いろんなことに囚われて好きに生きられない……こんなところまで僕を追っかけてきて、復讐も成しえない、かわいそうな子たち」
瞬間、樹生は確かな意思を持って、茉莉の体を抱えたまま右腕を振り上げて晩の横っ面を思い切り叩いた。衝撃に晩はバランスを崩し、椅子ごと床に倒れる。一瞬の出来事に驚いたのは姉で、小さな悲鳴のような吐息の漏れが伝わった。
「いまのは、茉莉の分」
晩が崩れた先から埃が上がった。晩は体を丸めて小さく呻く。だがその呻きには、微かな笑いも含まれていた。
「おれの分はないです、残念ながら。おれには両親がいなかったことによる不利益がなんにもないから」
「樹生、」腕の中で茉莉が名を呼んだが、樹生はそちらを見なかった。
「これでおしまいです。もう一切あなたには関わらないし、会いもしません。姉が張った罠に引っかからせて申し訳ないと初めは思っていましたが、いまはそれも思わない」
行こう、と茉莉の肩を抱いて立ち去ろうとすると、晩はかろうじて起き上がり、「ジャンダルムだね」と言った。
「――え?」
「樹生くん、きみが生まれて少ししたころに直生が言ってたんだよ。『この子はジャンダルムみたいに強く立派で、守る人になってほしい』って」
晩は壁に貼られた写真を指で示した。早からもらった年賀状と似たような構図に収まった山の写真が貼ってある。
「直生が、直生自身から、あるいはありとあらゆる災厄から、美藤さんや、茉莉さんや、これからきみが愛する人を守る人になってほしいと、ジャンダルムの写真と子どもらの写真を見比べながら、そう言っていた。……まさにそうだな。きみはそういう人だ」
晩はもう立ちあがる気すらないようだった。床に手をついて、樹生を見上げる。
「きみたちをここに招いて全部を話す気になったのは、樹生くんがあまりにも直生にそっくりだったからだ」
「……」
「僕もあさましいな。きみがここへ来てくれたことを喜びだと思っているんだから。……ようやく会えたな、ってさ」
その台詞になにも返答せず、ただ姉の腕を引いて樹生は事務所を出た。
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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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