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七.冬の華(二)
ロッカールームで着替えていると、同僚もやって来た。彼の今日のシフトは夜勤で、樹生と違ってまだ仕事が終わらず、帰れない。樹生の隣に据えられた個人ロッカーから弁当を取り出したので、これから休憩に入るのだと察しがついた。
樹生よりひとつ年下にあるが、既婚者だ。結婚して一年か二年になるとかで、まだ子どもはいない。持参する弁当はいわゆる「愛妻弁当」だ。色味は地味だがどれも手の込んだ品を弁当に詰めているので、いつ見ても「うまそうだ」と思う。
ロッカールームに隣接している休憩室へと移動する時、同僚は「あれっ?」と立ち止まった。
「岩永さんどしたの、首」
「え?」
「ここら辺」
とんとん、と自らの右手で耳下の首筋を指す。樹生もつられて自らのそこに手を当て、そこが傷ついている事を自覚して、「ああ」と気のない返事をした。
暁登がつけた傷はあれから数日が経って治りつつあったが、傷の痛みよりは治りかけの痒みの方が樹生の気に障り、よくそこを搔いた。普段は制服で隠れるからと、隠そうともしていない。
同僚はのんびりと「痛そう」と言った。
「赤紫に盛り上がってる」
「あ、そうなんだ」
「そうなんだって、自分の傷っしょ?」
同僚は苦笑したが、傷の理由までは尋ねなかった。樹生はロッカーの内側に掛けられた小さな鏡に首筋を映してみる。確かに搔いたせいで傷口が膨れ、しっかりとケロイドになっていた。
これは痕が残るかもしれないと思う。
暁登が樹生と暮らす部屋から出て行って、一週間が経過しようとしていた。本当に実家に帰ったのかどうか確かめていない。その後を樹生は追おうともしていなかった。早の元へは通っているのだろうか。怪我を理由に行っていない可能性は充分あるが、その先を考えることを、樹生の脳は拒否した。
今頃なにをしているんだかな、と浮かんだが、それを想像はしない。すればするだけ辛くなる。出来るだけ空っぽの頭でいたかった。感情に身を任せて身の捩れるような想いでいるのは、嫌なのだ。
休憩室から総菜の香りが漂った。同僚が電子レンジで弁当を温め、休憩し始めたのだ。着替え終えた樹生はそのまままっすぐ帰ればよかったのに、なんだかその温みに惹かれてしまい、同僚のいる休憩室へと顔を出した。テレビを点けて夕方の情報番組を見ながら、同僚は弁当を食べていた。
そこへ寄って、樹生は背後から同僚の弁当の中身を覗き込む。しばらく黙々と食事をしていた同僚だったが、樹生のその行為に首を傾げて、「なに」と苦笑気味に振り向いた。
「弁当が美味そうだったから」
「あげないよ」
「いや、いらない」
「なんだよ」
と同僚は笑った。それから「どしたの」とまた訊いた。
「岩永さんがこんなことするなんて珍しいね」
「あー、まあ、うん、」
日ごろなら同僚の弁当を適当に茶化して帰るのだが、なんとなく今の気分でいたくなくて、樹生は休憩室の小上がりに腰を下ろした。
→ 49
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樹生よりひとつ年下にあるが、既婚者だ。結婚して一年か二年になるとかで、まだ子どもはいない。持参する弁当はいわゆる「愛妻弁当」だ。色味は地味だがどれも手の込んだ品を弁当に詰めているので、いつ見ても「うまそうだ」と思う。
ロッカールームに隣接している休憩室へと移動する時、同僚は「あれっ?」と立ち止まった。
「岩永さんどしたの、首」
「え?」
「ここら辺」
とんとん、と自らの右手で耳下の首筋を指す。樹生もつられて自らのそこに手を当て、そこが傷ついている事を自覚して、「ああ」と気のない返事をした。
暁登がつけた傷はあれから数日が経って治りつつあったが、傷の痛みよりは治りかけの痒みの方が樹生の気に障り、よくそこを搔いた。普段は制服で隠れるからと、隠そうともしていない。
同僚はのんびりと「痛そう」と言った。
「赤紫に盛り上がってる」
「あ、そうなんだ」
「そうなんだって、自分の傷っしょ?」
同僚は苦笑したが、傷の理由までは尋ねなかった。樹生はロッカーの内側に掛けられた小さな鏡に首筋を映してみる。確かに搔いたせいで傷口が膨れ、しっかりとケロイドになっていた。
これは痕が残るかもしれないと思う。
暁登が樹生と暮らす部屋から出て行って、一週間が経過しようとしていた。本当に実家に帰ったのかどうか確かめていない。その後を樹生は追おうともしていなかった。早の元へは通っているのだろうか。怪我を理由に行っていない可能性は充分あるが、その先を考えることを、樹生の脳は拒否した。
今頃なにをしているんだかな、と浮かんだが、それを想像はしない。すればするだけ辛くなる。出来るだけ空っぽの頭でいたかった。感情に身を任せて身の捩れるような想いでいるのは、嫌なのだ。
休憩室から総菜の香りが漂った。同僚が電子レンジで弁当を温め、休憩し始めたのだ。着替え終えた樹生はそのまままっすぐ帰ればよかったのに、なんだかその温みに惹かれてしまい、同僚のいる休憩室へと顔を出した。テレビを点けて夕方の情報番組を見ながら、同僚は弁当を食べていた。
そこへ寄って、樹生は背後から同僚の弁当の中身を覗き込む。しばらく黙々と食事をしていた同僚だったが、樹生のその行為に首を傾げて、「なに」と苦笑気味に振り向いた。
「弁当が美味そうだったから」
「あげないよ」
「いや、いらない」
「なんだよ」
と同僚は笑った。それから「どしたの」とまた訊いた。
「岩永さんがこんなことするなんて珍しいね」
「あー、まあ、うん、」
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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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